特別で大切な気持ち
2
「レイア!」
声の方へと振り向く。そこには部屋から庭へと続く扉から近付いてくるカークの正装した姿があった。
普段よりも念を入れたその姿は国を継ぐ者としての風格に溢れている。
「大丈夫か?」
見惚れてぼぉっとしていた意識をカークの声で取り戻すと慌てて姿勢を正し王子に対しての礼をとった。
今回のパーティは王族やその関係者、親しい人だけの内輪のものなので場所も小さく堅苦しくない所となっている。
それだけに無礼講なのは暗黙の了解で、普段と変わらない礼をとるレイアの姿は少々浮いて見えたが自分達だけの
ことに夢中で気にする者もいないようだった。
「レイア、来てくれたんだな」
喜びに輝いて見えるカークの顔を見るのが何故か辛くて、レイアはほんの少し顔を背ける。
カークは庭に降りているレイアの傍に来ると寄り添うよう隣に並んだ。
彼をどこか気まずく思う気持ちが伝わってしまうのではないかと思ったがレイアはそんな自分の心を脇にやって、
臣下としての態度と感情を崩さずにカークへと言葉を告げた。
「今日はパーティなのでお邪魔にならないよう離れた場所からカーク様の護衛に付かせていただきます。
どうかカーク様は気になさらずにパーティをお楽しみ下さい」
「レイア?」
「私は護衛騎士であり、あなたの護衛官です。あなたの傍であなたを守るのは私の務めです」
あなたのお邪魔にならないよう、控えておりますから。
こみ上げてきた小さな自分でもわからない心の痛みを隠すように礼の形をとって軽く頭を下げた。
自分に華やかな場所は似合わない。影のように従い、守る。
それが私の役目なのだから。
「レイアッ!」
突然の自分を呼ぶ大きな声にレイアはビクッとした。
と同時に右手を強く引っ張られる。
「あ……」
あたたかい。
不意打ちの出来事を諫めようとした言葉が飲み込まれる。
ギュッと抱きしめられた背中の痛みはレイアの全てを包み込むように大きく力強いものだった。
まるでレイアの冷たくなった心までも温めるように。
甘えだとわかっていてもそのあたたかさに浸っていたくて今だけだとレイアは見開いていた瞳をそっと閉じた。
「レイア。俺はレイアが真面目で仕事に真剣に取り組んでいることを誰よりも知っていると思う。
それがレイアの良い所だし、そんなレイアが好きだ。それに護衛官という立場に誇りを感じていることも。
でも、今日は、今日くらいはその気持ちから離れて欲しい」
今日、今日って……。
マリオンの今日は特別な日だという言葉が頭を過ぎる。
カークまでもが拘り大切に思う日とはいったい何があると言うのだろう。
「カーク様、今日はいったいなんの日なんですか?」
「レイアは今日が何の日か知らないんだな?俺がこの日をどんなに待ち望んでいたかも。
でも、知らなかったのなら今日は君にとってより思い出深い日になるのかもしれないな。
今日は幸せをもたらす日。国中の人が大切な人と過ごす特別の日なんだ」
「大切な人との特別な日、ですか」
「自分にとって掛けがえのない大切な人に大切な気持ちを送る日。
一番大好きな人や大好きな人達との時間を過ごす。それが今日だ」
「大切で大好きな人と?」
「そうだ。だから城に勤める者達も一日休みにはできないけれど大切な時間を過ごせるよう、
交代で休みをとってもらっているし、国の者達全てが幸せな時間を送れるような体制をそれぞれ
取っているはずだ。時間が取れなかったり、関心がなかったりする者もいるが」
知らなかった。
小さな頃から自分の事に懸命で他所に回せるような気持ちの余裕はなかった。
楽しいとか嬉しいとか、そんな気持ちは後回しにしてとにかく自分の事に必死で、小さな頃の小さくても
大切な気持ちなんて思い出しもしなかった。今回のことがなければきっとずっと忘れたままでいただろうと思う。
「俺の我儘なんだ。マリオン達に頼んでレイアのドレス姿が見たいと言ったのは。
普段のレイア自身の姿も好きだけど、でも別のレイアも見てみたかった。
普段俺に見せない姿や表情をしたレイアの姿を」
「だから私の護衛の当番を外されたんですか?」
「俺の勝手だってわかっている。それにレイアにとって俺の押し付けともいっていいこの行為が
迷惑なのだとわかっていても我儘を通したかった」
「カーク様」
後悔に滲んだ表情のカークにレイアは微笑みかけた。
呆れたようでそれでもかなえてあげたいと思う、楽しくて幸せへと続くような気持ち。
カークの気持ちは自分に伝わっていると教えたい。
「あなたのされたことは確かに勝手だった部分もあったと思います。
私も実際びっくりしましたし、ちょっと腹立たしい気分にもなりました。でも、あなたは私に大切なものをくれた」
「俺が?」
「私の小さな頃の夢、素敵なドレスを着てパーティに出てみたい、という夢を。
今の私にはちょっと気恥ずかしくもありますが、忘れかけていたその頃の気持ちを思い出させてくれました」
「じゃあ……迷惑じゃなかったのか」
「最初は見慣れない自分の姿に落ち着きませんでしたけど考えてみればこんな機会はないですし、
マリオン様達も楽しそうでしたし。それに今日という日を大切な人と過ごせているんですから」
最後の言葉はカークに聞こえないよう小さな声で呟く。
恥ずかしい気持ちの方が大きくて素直になれないけれど、今日は大切な日なのだと自分自身で感じることが
できたから私はきっとこの日を忘れないと思う。
この先大切な日を何回か過ごしても今日という日は思い出として私の心に残る幸せな日になるだろう。
それはあなたという特別で大切な人がくれた大切な気持ちと時間なのだから。
back セサルディ王国物語top novel