空の彼方
それはまさにそびえたつと言うに相応しい光景だった。
いったい誰がこんな場所にここまで堅牢で優美な街を造ったのだろうか。
人が容易にたどりつくことができず、それでいて決してそこだけが取り残されていた
ということはないであろう証拠が遠目から見てもそこそこに感じる。
空に実際に浮かんでいる訳ではないのだが、まさにその様に相応しい現在の呼び名で呼ばれている。
天空の遺跡デルタ。神の住む奇跡の場所。
*
「これが天空の遺跡……」
永遠と続くかに思われた灼熱の砂漠を越え、ついにその遺跡の入り口へ繋がる場所へとたどりつくことができた。
長く辛い旅だった。
何度も挫けそうになりそうな自分を叱咤して。
だが、それに耐えるに相応しい場所だと目の前にして素直に思う。
「どうだ?リンディ」
リンディに問いかけてきたノーガもどうやら静かに興奮しているようだ。
普段から好奇心旺盛な瞳がより爛々と輝きを増している。
そんなノーガに自然と微笑みを浮かべるとリンディは歌うように言葉を紡ぐ。
「天空の遺跡デルタ。神の住む場所とも言うべき奇跡の空中都市。
どの街よりも文明は発達し、そこに住む者は何不自由なく暮らすことが出来た。
位置する場所からも他の追随を許すこともない所からも人々の賞賛を浴び、神が創った街とも言われた。
……だが、それ故に破滅へと導かれることとなる」
「頂点に立つものの宿命だな」
「そうね」
本当はそんな短い言葉で片付けたくはないのだけれど結果その通りとなった。
人間の欲望、嫉妬は留まるところを知らない。
全ては上を目指さんとこの街 デルタを目指して人々が集まったことから悲劇が生まれた。
「誰よりも上に立ちたい。そんな欲望が争いを起こし、全てを壊してしまう。
一つ終ればまた次へと止まることはない。
人間は……いや、俺達生きているものにとってはそれは本能でもあるんだろうな」
「ノーガ……」
自嘲気味に笑うノーガの表情はどこか寂しげにも見えた。
ノーガはこの遺跡に通ずることを自分の中に見出したのだろうか。
それは過去の中の一場面となってノーガを苦しめているのだろうか。
今のノーガからはそんなことがあったように感じられてしまう。
「ノーガ」
「ん?」
リンディは鬱々とした空気を変えるように軽やかにクルリと回るとノーガへと明るく言葉をかける。
「この街ってね、確かに争いが続いたから駄目になってしまったのだけれど
他の遺跡に似たような言い伝えと違うところもあるの」
「他と違うところ?」
「ええ。優れた文明なんかは神がいたとか他の世界から優れたひとたちが来て街を築き、
そして悲惨とも言える争いの末滅びた。そんな伝承ってここだけじゃなくても他にもあるじゃない」
「ああ、確かにな」
「争いは争いだけしかない。争いしか残らない。でも、このデルタにはその中にも平和が築かれていた」
「あ?そんなことあたりまえじゃ」
「それがね、たくさんの伝承を思い返してみてもなかなかないの。
普通って大体争いに勝ったほうが元からいた人達を虐待したり追い出したりするでしょ」
「違うのか?」
「勝った方はそのままそこで、っていうのは変わらないんだけど、負けた側は何をするでも
誰に言われるのでもなく街を出て行った。
勝った方もそれを止めるのでもなく、戦いが終ったらそこで終わり。
その後お互いがどうしようとも何もしない、それがずっと続けられていた」
「奴隷も虐殺もなく?報復も?」
「街を戦略した時点ですでに正しいとは言えないと思うけど、無用な争いはしないのが暗黙の了解だったみたい。
神の住む場所で必要以上の無益なことはしない、って」
「攻め入ろうと考えた時点で既に駄目だと思うが」
「そうね。だからかしら。人に壊されることなく、街は天災と争いの傷跡から崩れ去ってしまった」
たくさんの国の人々がこの街を訪れ、そして去って行った。
最後に残った者達も他の土地を求め、旅立って行ったと残されている。
神が見ていたのだとしたら人々の行いに我慢ができなかったからこの街を消してしまうことに決めたのだろうか。
感情の渦巻いた世界はきっと重苦しいものであっただろう。全てを空白へと戻すために街を崩してしまったのかもしれない。
「上を目指していかなければいられなかった者達、か」
「あまりにも壮大で果てしの無い目的ではあったけどね」
「俺には全てが悪いとは思えないな」
「ノーガ?」
「リンディ、おまえはどう思う?」
「デルタのことは私も複雑ね。一つの国の人達だけではあれだけの文明は築くことができなかった。
いくら神が住むと言われていても結局それを築いて行ったのはそこに住む人達だもの。
良いことではないし、傷つけあうという行為は悲しいことだけれど」
「それは俺だっておまえと同じに感じている。それでも全てが悪いとは思えない」
鼻にしわを寄せながらリンディを見上げたノーガはリンディを通り越してどこか遠くを見ているようにも見えた。
「一人一人考えていることは違うだろう?
一つのことをするにしても何を考えて行なっているのかで全然違う。たとえ、行き着く先が一つだとしても。
極端な考え方だけど、このデルタの歴史の全ては正しいし、間違っていると思えないか」
「争いも正しかったって言うの?!」
ノーガの言葉にリンディは激高して詰め寄る。
いつもいろんなことを諭してくれていたノーガがこんなことを言うなんてとても信じられなかったし、裏切られたように感じさえもした。
体の中を熱い気持ちが駆け回って止められない。そんなリンディにも顔色?を変えずにノーガは語るように続ける。
「そんなことは言っていない。
ただ、正しいと信じている者にとっては他の者達が間違っていると言った所で
間違いとは信じられないし、正しいことにしか思えないってことだ」
雲が遺跡の所々にかかってその空に浮いたように見える姿はより幻想的に感じられた。
人々が争いを起こそうなどという考えなど思いつかないであろう程に。
だが、現実には人々の渦巻いた感情の末に滅び去ってしまったのだ。
「極端に言えば全てがあったからこそ途中の経過があり、こういった結末へと導かれた」
そう言いながらまるで自分の中へと何かを取り込むように、ノーガの視線はデルタへと注がれていた。
なぜかそんなノーガを見ているとリンディにもノーガの言わんとすることが伝わってきて何もかもがその通りだったと思えてくる。
「その人の気持ちや行い次第ってことね」
「ああ。別にデルタの過去に関わらず俺達が過ごす毎日のことだってそうさ。
俺達は正しくも間違った日々を過ごしている。
それが自分の信じている常識とか、理性とかの範囲にどれだけ当てはまっているかどうか
ってことだと思ってもいいんじゃないか」
「本当に極端だけど」
「と言っても、常識とか理性自体もあやしいものだが」
空に聳え立つ天空の遺跡デルタ。
人々は争いを起こしてまでもそこに住み、上に立ちたいと願った。
それは世間で言う良いことには決して入ることはないだろう。
けれど、上を目指したいと思ったことは向上心を持って自分を高めようと思っていたとも言えなくはない。
「私は自分の範疇内でもう少しその意識を学ばないといけないかもしれないわね」
「そう思うなら、さっそく実際に行って感じてみようじゃないか」
「ええ」
神が住み人は理想を、力を追い求めた。
そして今自分達はその伝説の場所へと向かう。
一歩踏み出した先には何が待っているのだろうか。
「それこそ今までの全てかもしれないわ」
空へ向かってあげた両手を思いっきり伸ばすと青く澄んだ空が瞳に飛び込んできた。
どこまでも続く空のかなたはまるでこの天空の遺跡のように掴み取れないもののようだった。
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