少女の願い
2
「ミルフィーン。女官長から聞いた。妹の世話役を辞めたいって?」
冷静すぎるくらい静かにランドルフが問いかける。事実を確認しようとするだけの問いと変わらない淡々とした
ランドルフの言葉に私は苦しくなった。唇を噛み締めた痛みとギュッと握り締めた拳の痛みが私の心の内を
現していた。
「……それはわざわざ確認すること……ですか?
私に新しい仕事を与えた段階でそんなこととっくにご存知だったのでしょう?
だからわざとこんなことを、こんなあなたの傍にいるようなことを仕組んだんですか?!」
私が今までの仕事を辞めたいと言ったからって、なんで今度はあなたの政務以外の補佐の仕事を?
私より優れている人なんかたくさんいてあなたについて行きたいと強く願う人だって嫉妬をする位いるのに。
これから先ずっとこんな想いを抱えてあなたの傍にいることなんてできる訳がない。
それだけじゃない。今までよりももっとあなたの傍にいるようなあなたの未来のお妃になるかもしれない人に
会わなくてはいけないような仕事をどうして私に与えるのっ!
「わざと?仕組む?だったら、こっちだって聞きたい。
なんで今更辞めるなんて言い出すんだ?理由さえも言わずに辞めたいなんて。
それに、それに……どうして前みたいに話してくれない」
「王子……」
「ミルフィ」
ランドルフが少し怒ったような顔で私を睨んだ。
自分達の離れていた時間を繋ぐように瞳を私の瞳に合わせる。
「……ランドルフ」
彼は一国の王子。自分の気持ちをより国を優先しなければいけないことだってこれから先たくさん出てくるだろう。
いくらお互いがこの関係を崩したくないと思っていてもそれが彼を不利にすることだって必ずしもないとはいえない。
だから自分の幼馴染として以上の気持ちを気付かれないように自分を戒める為にも成人を迎えた時に誓った。
これから幼馴染であったことは記憶として留めて置くだけ、いい思い出と振り返ることだけにして王子と臣下の立場、
臣下の一人として接して行こうと心に決めた。
そうしないと自分の気持ちを止められそうになかったから。
そんな権利などないのに自分以外の女の人が近づくたび彼を相手の女の人を憎んで、不幸を願ってしまいそうだったから。
だから私は離れることを決意したのに!
「ランドルフ、私はあなたの傍にいたくなかったの。あなたを……見ていたくなかった。
見ているのが苦しかったから。それなのにあなたの傍から離れさせてくれないの!」
顔が上げられない。
沈黙の中、震える両手にギュッと力を入れてランドルフの言葉を待つ。
ふいに風が揺れたかと思うと肩を思いっきり掴まれた。
「俺が嫌いなのか。そんなに俺の傍にいたくないのか。
ミルフィッ、おまえは俺から離れていたいっていうのかっ」
心が音を立てて砕かれた。
周りの音が消える。空白の時間がランドルフとミルフィーンの間に流れてやがて静かな声が降った。
「ランドルフ」
「ミルフィ、おまえは俺をわかってくれていると思っていた。お互いがお互いの心に壁が無いほどに。
それに俺の気持ちさえも。
でも……そうだな。いくら傍にいても遠くにいたとしても、いつまでも全てをわかっているなんてことはない。
たとえ、わかっていたとしても言葉で言って欲しい事だってある。それを俺はおろそかにしていたんだ」
先程までの激情を自分に言い聞かせるようにする事で抑えるとランドルフは肩に置いた手から力を抜いた。
「ミルフィ。俺から離れようとしているおまえに俺がどうして新しい仕事を与えたのか。
それは俺のわがままだ。おまえを離したくない。俺から離れたおまえが俺以外の男と一緒にいるなんて許せないからだ。
俺はそいつに何をしてしまうかわからないから」
自嘲的な笑いがランドルフの顔に浮かぶ。
幼馴染としてではなく、一人の青年としての顔。そんなランドルフは昔と違う私が知らない彼だった。
「だったらどうして。どうして私に一緒にいろって言えるの。
あなたこそ私の気持ちがわかっている?あなたの未来の王妃候補にあなたの傍で会うことが平気だと思う?
私以外の女の人があなたに近づくことがこんなにも苦しいのに……だからあなたの傍から離れることを選んだのにっ!」
「ミルフィーン」
肩を掴んでいた両手をそっと離すと、ランドルフは私の片手を取って騎士の誓いのように片ひざをついた。
「ラン……」
「黙って」
見上げた瞳が真剣に私を捕らえる。
「ミルフィーン。俺におまえの気持ちを教えて欲しい。
俺はおまえを愛している。誰よりもおまえをずっと守って行きたい。俺の命が続く限り。だから」
教えて欲しい、と熱く潤んだ瞳で見つめられた。
望んでいた言葉。欲しかった言葉なのにいざとなるとその言葉に自分の気持ちが返せない。
自分でいいのか、と悩む気持ちが言葉をつぐませた。
言い出せない私にランドルフの不安そうな顔が映る。
「本当に私でいいの……?」
全ての想いを込めてランドルフの心に届くように呟いた。
「ミルフィ?」
「本当に私でいいの?年も上だし、身分も、あなたにあげるものさえ何もない。それでも本当に?」
次の瞬間、右手に温かな感触を感じた。
優しい口付けと共にそっと両手で包み込まれる。
「ミルフィーン。俺はおまえに傍にいて欲しいんだ。他の女性なんて関係ない。おまえだから俺は一緒にいたい」
誰もいない二人だけの誓い。秘密の、それでもこの上ない幸福の誓いだ。
「ランドルフ」
ミルフィーンは瞳を潤ませ小さく頷いた。
二人だけの約束が交わされる。それはお互いがお互いを幸せにする約束。永遠に続いていく言葉。
「あなたの傍にずっといる」
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