砂の迷路
      



「うぷっ」

風に流されてきた砂が勢いよく顔へと降りかかる。
細かい砂とはいえ手で拭うと顔の表面に傷がつきかねないのでリンディは首に巻いていた布でそっと顔を払った。

旅を続けていると怪我なんて日常茶飯事だ。
いくら気をつけていたとしても知らない間に細かい傷や打ち身などができてしまっていたりもする。
だが、それを放っておくと場所によっては致命的なものになってしまう可能性もあるので未然に防ぐことは重要だといえよう。
しかし今リンディを憂鬱な気分にさせているのはそういった外的でわかりやすい要因ではなかった。

「ここまで続いていると本当気分が滅入るなぁ」

目的の遺跡まではまだ当分先だ。
それにそこにたどり着くにはどうやってもこの砂漠を越えなければ行くことはできない。
いくら好きでやっていることとはいえ、これだけ条件の悪い状態が続けば自然と気分も下降気味になってしまっても
仕方がないと思う。

「何もない、何も変わらない。先を見ても同じ景色ばかりでいつたどりつけるかもわからない。
 自分で選んだ道ってわかってはいるけれど私の求めていたものがこの先に本当にあるのかって思ってしまうわね」

照りつける太陽の下、目的地へと向かってひたすら突き進む。
自分を見つけに、なんて格好のいいことを自分では思っているけれどそれが本当に正しいことなのか
本当に見つけたいものなのかさえわからない。

ただ、何かをしていたいから旅に出たと言われればそうとも言える。

現状の状況に不満を抱いて耐え切れなくて逃げ出したと言われても否定できるだろうか?

わからない。何もかもわからなくなった。

私はどうしたら……何を探していけばいいのだろう?

私が旅をしている意味はあるんだろうか。

「う、わっ!!」

突然、リンディの物思いに耽る背中に何かが思いっきりぶつかった。
その衝撃で座っていた体が顔面ごと砂へと突っ込む。

痛い。柔らかい砂地とはいえ何の構えもなくいきなりだったから痛みも直接伝わる。
それに思いっきり砂が口の中に入ったし、目の中にも。
飲み込んでしまった砂にむせ、目の中に入った砂を慎重に取り除きながら誰がやったのかと思ったがふと我に返る。

油断していた。

いくら見晴らしのいい誰もいない砂漠とはいえ、自分の砂漠に対しての知識はほとんどないに等しい。

ひょっとして獣、それとも盗賊?!

「馬鹿、俺に決まってるだろうが」

焦るリンディに少し呆れたような声をかけたのはどこか満足気な瞳をしたノーガだった。


                   *    

乾燥しているためか、ノーガの少しつやのなくなった銀色の毛は太陽の照りつけのもめげず光に反射して
キラキラと輝いている。
周りに何もないせいかそれとも気持ちが満たされているからだろうか。
いつもより荒れている毛でもこの景色の中では際立って見えた。

「なにするの!」

危険はないせいと相手の満足げな気持ちへの羨望からリンディは感情のまま言葉を吐き出した。
自分はこの景色と極限に近いまで追い詰められた感情のせいで均衡を保つことが難しくなっているのに
一人(一匹?)涼しい顔をして平気でいるなんて。
許せない、というリンディの八つ当たりの気持ちにもノーガは全く応えた様子もなかった。

「もう少しゆとりをもったらどうだ」

「ノーガッ」

「おまえがそうイライラしているから周りが見えなくなってるってわかんないのか」

「イライラってねぇ!」

「してるだろうが。何をそんなに不安なんだ?」

「不安って、不安なんか……」

「不安なんだろう?」

それ以外のことなどないだろうといった風に言い切るノーガにリンディは深くため息をついた。

……まったく。本当ノーガにはかなわない。

きっとそうなんだろう。
旅を続けるうちに積み重なった不安な気持ちがここへ来て一気に高まった。
この変わらない景色を見て怖くなった、逃げたくなった。
まるで迷路のように気持ちも行き先さえも惑わす砂の魔法がリンディの心を襲う。

「ノーガ……あなたこの旅を止めようと思ったことってある?」

旅を続ける目的。
それはいろいろとあるけれど、でも旅をしなくたってやれることだってある。
それなのにどうして旅に出たのだろう。どうして旅を続けるのだろう。どうして終わりにしないんだろう。

「何度もあるさ。それこそ今だって」

驚いた。
今も止めたいと思っているなんて。
いつも何もないかのような顔をしているから何も迷いなどないと思っていた。

でもそれなら余計にどうして旅を続けなければならないんだろうか?
今からでも止めて終わりにしてしまってもいいはずなのに。

「でも俺には無理だってわかっているからさ」

「無理?」

「ああ。旅を止めたいと思っていても俺には無理だ。
 リンディ、おまえもそうじゃないか」

「私も……?」

「おまえと俺の目的は一緒だ。
 自分を探したい、自分をもっと理解したい。
 それならわざわざ旅に出なくたってって言う奴もいるだろうな。
 でも、俺達はその場にいては変わらない、変われないんだ」

「私だって毎日新しいことに遭遇していたわ」

「もちろんそうだろう。変化のない毎日、まったく同じ毎日ってのはない。
 それでもその場にいるのとそこから出るのとは格段に違う」

わかるだろう?と言われコクンと頷いた。

やらざるを得ない状況に置かれることで自然と新しい何かを体験する。
それは外に出ないとわかりにくいことだってことも。

「おまえはこの砂漠を見ていて不安に思ったんだろう?同じじゃないさ。同じように見えても同じじゃない。
 風が吹けば砂は姿を変え、太陽が位置を変えれば何もないようでいて姿を現すものもある。
 一つとして同じものはない。それにこの先に待つものは普段の生活では味わえないものじゃないのか?」

一つとして同じものはない。

そう…か。そうね。ノーガの言う通りかもしれない。
無理やりその状況に置くことで掴める何かを、新しい何かを知ることで変わる自分を知りたいと思って旅に出た。
新しいことへの不安、迷い。
そんなものがあるってことは今までだってわかりすぎるくらいわかっていたはずなのに。

「……ノーガ、借りにしとくわね」

「はぁ?なんだよ、その言い方。
 借りは当然としてももうちょっと感謝の気持ちを込めろよ!」

「さぁってと、十分に休憩したし涼しいうちに先を進みましょ!」

「おいっ、リンディ!人の話を聞けっ」

笑いながら荷物を持って立ち上がる。

見渡す限りの砂の海。青い空と太陽。
先ほどまでとは違う景色。

迷路にはまり込んでいた自分はそこにはいない。
たとえまた迷い込んだとしても大丈夫。時間はかかっても抜け出すことはできる。
だって、変わる景色と同じように自分の気持ちも変わり続けるから。

リンディは裏でまだブツブツと言い続けるノーガに微笑みを送ると先へと向かって歩き出した。

そう。辿りつくことのできる目的の地を目指して。



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