追って追われて
賑やかな街から荒野へと続く路地。
崩れた建物から落ちた外壁の石が行く手を阻むように所々塞いでいる。
一度進んでしまえば後戻りできないような、まるで人を拒んでいる様子がそこからは伺い取れた。
だが、その道を進む少女にとっては何の障害にもならない。わき目も降らず、ただ前へと向かって歩き続けていた。
「おい」
先程までは何の気配もなかった背後から少し乱暴とも取れる男の声がかかった。
慌てた様子もなく振り返りもしない少女に男は苛立ったのか転がっていた石を思い切り蹴った。
避けた石は脇をかすめ狭い路地の壁へと当たり、周りを崩して下へと落ちる。
「私は断わったはずよ」
足を止め振り向いた少女の瞳に宿るのは怒気をはらんだ冷たい光。
空気さえ凍りつかせてしまいそうな、射ぬくような視線が男の開きかけた口を閉じさせた。
「……あきらめないと言ったら?」
「しつこい男は嫌われるってこと!」
言葉と同時に少女の足が地面を蹴った。
信じられないほどの跳躍とスピードで崩れかけた壁を登り男の前から一瞬にして姿を消す。
「ま、まてっ!」
あまりの素早い行動で少女を呆然と見送ってしまった男は慌てて追いかけようとしたが
崩れてきた瓦礫が襲ってきたため慌てて後退した。
「チッ」
また逃げられた。
何度追いかけても寸前でかわされ捉えることができない。
「あいつを捕まえることができる奴は誰なんだろうな」
砂埃が晴れた先、男の視線に映るのは路地の暗闇と対照的などこまでも澄んだ青空だった。
*
「やっと諦めたみたいね」
フゥッと息をついて、少女─リンディは走っていた足を止めた。
その顔には汗一つ掻いていない。ほんの少し乱れた呼吸だけが普段と違っている。
「こうしょっちゅうこんなことやってたらいつまでたっても目的地までいけないじゃない」
「人気者も辛いな」
街の外、見渡す限りの岩だらけで何もない荒野から突如一つの声がかかる。
だが、リンディはその声に苦虫を潰したようないかにも嫌そうな顔をすると大きな声で答えた。
「面倒なことはごめんだって言って姿を隠していたのは誰?!
本当だったら私だけが巻き込まれることもなかったのよ。
それにもっと早く目的地を見つけていられたらこんなに時間が掛かることはなかったじゃないっ」
「俺のせいだって言うのか?!それこそ連帯責任だろうが!」
不快そうな声と共に岩陰から飛び出してきたのは一匹の狼だった。
「ノーガ」
小さな子供位の大きさを持つ全身を銀色の毛で覆われた一匹の狼がリンディの前に飛び出してきた。
目は金色に輝き、それこそ気の弱い者なら姿を見ただけで気絶してしまいかねない程の迫力だ。
ましてや、不機嫌そうに鼻の辺りにしわを寄せ、歯を少しむき出している。
そのままの通り、出した声も不機嫌さ丸出しだった。
「俺のせいばっかにするなよ。
おまえが余計な人間に絡まれたりするのが遅れの一番の原因だろうが」
「私は相手にしていないわよ。
でもどっから情報を聞きつけてきたのか、最近やたらとちょっかいかけてくるのが多くて
こっちだって困っているんだからっ。
それにねえ、ノーガが街に入れないから私がやっかいごとを引き受けることになっているって知っている訳?!」
「俺のせいにするなっ。大体なぁっ!…………んっ?」
「どうしたの?」
ノーガの反論の言葉が途中で途切れた理由を聞き返しながらリンディも辺りへと注意を配る。
荒野に異変は見当たらない。
だとしたら街だろうか。
どちらにしろ、人間の何倍もの能力を持つノーガには敵わない。
リンディは黙ってノーガの言葉を待った。
「どうやらまた厄介ごとが迫ってきている」
街へと一瞬視線を向けるとノーガはリンディを見上げ見た。
「また……まったく、本当にしつこいったらっ。ノーガ!早く行きましょ!」
「だから誰のせいでっ。
……もういい。これ以上ここにいても仕方がないからな、行こうっ」
ノーガはフサフサの尻尾を一振りするとリンディを促した。
「そうね!次の目的地 天空の遺跡へ」
リンディは出てきた街を一瞥するとノーガと共に目の前に広がる荒野へと踏み出した。
人々は何かを求めて旅へと出る。
名誉、金、それとも……?
「私は私を求めに行くの!」
日常では満たされなかった心の隙間。自分の存在理由。
旅を続けるうちに同じ目的を持つノーガとも出会った。
最初は喋る狼なんて驚いたけれど旅を続けるうちにいろんなことに出会って慣れてしまった。
この世に絶対なんてない。
良いことも悪いことも信じられないことも起こったりする。
自分という人間もいて、この世界はなりたっているのだと気付かされた。
全て知り尽くしてしまうことなんてない。
いつだって知らないことばかり。
だから
「ノーガ、行こうっ」
先を見て歩いていける。何かを求めて。
2007・02・08 20000hit達成
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