俺は暗闇の中彷徨い続けていた。
出口を見つけることもできず、ただ自分の足元を見ながらうつむいて。あてもなくずっと。



色彩時間 
     2



自分を不幸と決め付けることは簡単だった。
誰よりも自分は惨めでかわいそうであわれな存在。誰一人からの愛情ももらえず、そこにあるだけのもの。
自分ひとりが不幸であると浸りきっていた。自分さえも捨ててしまいたかった。暗闇が俺の唯一の世界だった。
シェスカに出会うまでは……。


                   *

俺が補佐官になろうと思ったのはシェスカの噂を聞いてからだった。
今までの俺は家が金持ちであるのをいいことに好き放題に毎日を過ごしていた。
人と関わることなどごめんだったし、本当は誰とも関わりになりたくなかった。それが実の父親だとしても。
いや、父親だからこそ本当は関わりたくなかった。母を死に追いやる原因を作ったのだから。
母を苦しめ、幸せを与えずにその一生を終えさせたあの男には。

だが俺は思い直した。これはチャンスではないだろうかと。全面的な信頼を得るまでがんばって一気に裏切ってやる。
それが父に対する報復になると俺は信じきっていた。そのために俺は知識を得、体を鍛え、人の信頼を勝ち得ていった。
心はいつも闇を見ていたがそれも俺にとっては良かったのかもしれない。少なくとも生きる理由にはなっていたのだ。
どうあがこうとも。

そんな時にシェスカの噂を聞いたのだ。同じような状況にありながらいつも笑顔を絶やさないというシェスカの噂を。
それなのに俺とは天と地ほども違う恵まれた環境にいるらしい幸せな女の噂を。そしてその原因の中に奴がいるということも。

そうだ。シェスカとかいう女の傍には竜の化身とかいう奴がいて何の苦労もなくただ守られている。
楽に生きて楽しそうにしている、そう聞いた。

どうしてっ!!

その想いだけが俺の頭を占めて苦しくて、苦しくて。この苦しさを断ち切るためにはどうしたらいいのか俺は考え思い至った。
この状況から抜け出す為には……彼女に会いに行けばいい。彼女に会ってそして彼女を苦しめてやろう。
笑顔が浮かぶことのないように俺と同じ世界に立つようにしてやろう。そうすれば俺はここから抜け出せるかもしれない。
シェスカの立場を独り占めにできるかもしれない。俺は一人きりの世界から抜け出すことができる。
もう一人きりでいることはなくなる。

これは憎しみ?それとも愛情?そんなことはどっちでもいい。
俺は俺の感情を注ぎ込むことができる。シェスカただ一人きりに俺のこの狂気を……。


                        *

あの頃の俺は周りが見えなくて自分の世界に閉じこもりきりだった。そんな自分に浸りきっていた俺を
シェスカは気付かせてくれた。あの時のシェスカは何も求めず俺に手を伸ばしてくれて、俺は自分がどんなに弱かったのかを
思い知らされた。どんなに人を恋しがっていたのかを改めて突きつけられた気がする。

シェスカ、おまえは俺を暗闇の中から救い出してくれた。俺にはお前がその暗闇から差し込んだ光に見えたんだ。
全てを許し包み込んでくれる唯一のひと。そんなおまえの傍に他の男がいるなんて許せるはずもない!
それがたとえお前の心許せる存在だとしても、俺は自分の思うままにそいつを排除しようとするだろう。
おまえの怒りを買うことになっても俺は俺のためにしか動くつもりはないのだから。
何をしてしまうか自分でもわからない。俺は再びそんな狂気の中にいつか入り込んでしまうかもしれない。

だから俺の光となって俺を導いてくれ。お願いだ。俺を傍においてくれ。俺にお前を守らせてくれ。
シェスカ、おまえの全てを俺に。俺の全てはおまえのものだから。
このまま時間が止まれば永遠におまえは俺だけのもの。
だが俺は決めたんだ。おまえと共に生きる、と。

シェスカ、俺は誓う。もう自分を苦しめたりしない。
そしておまえを離さない。俺の命ある限りずっと。永遠に愛している。



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