色彩時間 
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私は今まで長い時間(とき)を過ごしてきた。
私は様々な人間と関わってきたがその全てを鮮明に覚えているわけではない。
だが今でも私の心を苦しめてやまない人物がいる。それは後悔ゆえかそれともまた別の感情のためか
私にははっきりと言い切る術はない。ただ一つ言えるのは彼女に会わなければ現在の私はなかったと言うことだけだ。

私と彼女、リディラはそれ程の結びつきを持っていた。
私には幸とも不幸とも言える絆を……。




私はリュシィエール。
かつては水竜としての体を持ち、この世界に暮らしていた。
人々からは神聖な存在としてあがめられると同時に恐怖を運ぶものとして恐れられていた。
誓って言うが私はこの世界を破壊しようだとか人々を苦しめようなどと思ったことなど少しもない。
私の同属の中には破壊のみに楽しみを感じるものもいたようだが、私にはそのような考えは沸いてこなかった。

ただ静かに時間(とき)を過ごしていたかった。それだけだったのに。
なんの運命のいたずらなのか私は肉体を失うことになってしまったのだ。どうしてそのようなことになったのか
その時のことは覚えていない。人間の魔術を扱う者が私を剣に封じ込めた。そのことは事実として知っているだけだ。
気がついたら私の意識は一本の剣の中を彷徨っていた。それが剣の中であろうことがわかったのは私がこの現実の世界を
見ることができ、聞くことができたからだ。肉体がなくなっていた現実を認めるのはなかなか勇気のいることだった。
しかしそれさえも時間と共にどうでもよくなってしまって私の魂は生きる屍となり何を感じることもなく
ただそこにあるだけとなってしまった。

そんな時だ。彼女の声が聞こえたのは。
実際の声が聞こえる訳でもないし私を呼んでいるのでもなかった。
それなのに私にはリディラの声が聞こえた。私の心にまっすぐと飛び込んできた彼女の声が、
苦しくてたまらない想いのこもった声が。

会いたかった。必死に誰かを捜し求める心に私の心も動かされ、いつの間にか私の方からリディラを捜し求めていた。
出会えた時これで私の時間は動き始めるだろうという確信を感じることができた。彼女を、リディラをこれから導いていくのが
自分であることが誇らしくもあった。
たとえそれがリディラの命の危険に関わることであったとしてもそれは私が彼女の傍にいる証にもなるのだから。

幸せだった。肉体を持っていた時には感じなかったあらゆることに関心を持つようになり、そして私は感情を、愛しい気持ちを知った。

最初はわからなかった。私は人の気持ちなど考えたこともなかったから。
ただそれがだんだんと複雑に感じられるようになってきて思い至ったのだ。
これがリディラに向けてだけ発せられる気持ちだということを、人間の男が異性に対して感じる愛情なのだと
私は気付いてしまった。

どうしたらいいのだろう。人間でもなく、ましてや肉体さえないこの身はリディラの為にならないことは
私自身が一番わかっているはずなのにそれでも私はこの気持ちを止めることができなかった。

知られてはならない。リディラに対してのこの気持ちを。
私は自分に必死で言い聞かせていた。だがこの気持ちはこのまま保ち続けられるだろうとは思っていた。
あの男の出現までは。


                   *

リディラの前に彼が現れたのは私が彼女に出会って何年か経ってからだった。

その男はルエンタールという国に住む一貴族だったが、国王に目をかけられる程の優秀な人物であった。
リディラの噂を聞いて国王命令で仕事を頼みに来たのだった。
生活のためにも私の宿る剣を使って魔物退治のようなことをしていたリディラは男からの仕事を引き受け
ルエンタールへとやってきた。その仕事はさして面倒なものでもなく順調に片付いた。
そして今までの放浪の生活に疲れていたリディラはルエンタール国王の請うままに国での生活を始めた。
バロスという家名をもらって。

私も彼女のためには一つ所に落ち着いて生活を始めるのは賛成だった。
だがまさかリディラが男と一緒になりたいなどと言い出すとは思いも寄らなかったのだ。

その時の私の心の中はまるで荒れ狂った嵐のようだった。自分でも信じれないほどに感情が押し寄せてきた。
心が千切れてしまいそうで、彼女に触れて欲しくて、私を見てくれとなりふり構わず叫びだしそうでたまらなかった。
だが結局私は何も言わなかった。いや、言えなかった。

だってそうだろう。私は人間ではないのだ。彼女と同じ生きているものでさえないのだ。
それなのに彼女を幸せにできるなんてどうしたって言えやしない。
私ができるのは彼女の前から去るか、このまま黙って傍にいるだけ。
いや、本当なら私が壊れれば、死んでしまえば一番良いのかもしれない。
そうすればこれ以上苦しむことはないのだから。



現在私はこうして彼女の子孫である者達と共にいる。

こうして振り返るとこれで結局良かったのかもしれない。彼女の約束を、願いを果たしここにいるのだから。
だがどうしてもリディラへ対しての私の想いは色あせないのだ。こうして感情がより深くなった今だからこそ、
余計にあの時の想いが鮮やかに浮かび上がってくる。あの切なさと熱情と愛おしさが。

リディラ。おまえがもういない今でも私はお前を心から離したくない。
おまえを愛している。この魂が消えてなくなるその時までお前を離さない。ずっと……。



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