青年の迷い  
       
  



その言葉が忘れられない。
人を信じきれず、冷めてしか人を見れない自分のはずなのに何故かその言葉は真実として心に届いたのだ。

「勝手に入り込んでごめんなさい」

その言葉にシェルフィスの意志が一瞬揺らいだ。

傲慢さを隠そうとしない裕福で地位がある者達。
その者達の最高位の地位の一人である筈なのに、一介の役人の一人に過ぎない自分に目の前の女は頭を下げ、
謝罪の言葉を口にしたのだ。

噂に託けて馬鹿と言い、傲慢と言い切った。
こんな事がばれれば、その場で引っ立てられ刑を与えられたとしてもおかしくはないのに
ごめんなさいと、この女は自分に言ったのだ。
しかも許可を得ればまたここへ来てもいいのかとまで。

何を考えているんだ。何か裏があるのではないか。

自分と接触をしてもっと決定的な証拠を掴んで確実に罪としたいがためにこの場での罰を与えないのか
とまで思えてくる。

「おもしろい」

やってみればいい。自分のしっぽをつかめるかどうか。
自分がいくら王族や貴族という地位の者達に憎悪に近い感情を抱いていたとしても
別に実際に何かをしている訳じゃない。証拠などというものが見つかることはない。
ただ自分は自分の感情をその者達に向けるだけ。
自分の手を汚すまでの価値などないと思っているだけなのだから。

「おまえは俺の傍にいればいるだけ後悔するだろう。俺の感情を直接近くで受けることになるのだからな」

思い知ればいいのだ。
自分達がいかに恵まれ、そしてどれだけ憎まれているのかを。



                     *

初めての出会いから2年。
地位のある者達への憎しみの感情以外持っていない自分がいつの間にか周りへと目を向けるようになった。

両親を失った時に決意したこと。
自分が変えると誓ったことはいつの間にか薄らいでいた。
というよりは、あの時の気持ちのまま怒りを持って力で変えるということが薄らいだといってもいいのかもしれない。

力が絶対という世の中を変えて行きたいという気持ちはある。
だが、それも自分だけの力ではできない、一人の力では限界があることを俺は知ることとなった。
それは認めたくはないとはいえ、確実に彼女のせいであると言えるだろう。

自分が憎むべき対象の一人マリオン・セサルディ、この国の王女のせいで。


                        *

「シェルフィス、今大丈夫かしら?」

許可書を見せながら自分の都合を聞いてくるマリオン。
最初に許可書を取って来いと言った訳ではない。
だが彼女は自発的に言い、そして自分を訪ねるたびにそれをきちんと提示する。
王族の一人なのだからそんなことをしなくても自由に出入りできるとわかっていると思う。
それなのに2年たった今もそれを続けている。
いくらどんなにひどいことを言っても来ることを諦めない。わざと酷いことを言っている自覚を持っているのに
どうしてマリオンは俺の罪悪感を試すように自分の元へと来るのだろう。
自分の口から出る言葉を聞いて傷ついた顔をしてもどうして次には笑いかけてくるのだろう。

マリオンへの気持ちが揺らぐ。
俺が生きていくために決めた心を壊すようにマリオンは心に入り込んでくる。
現に俺はこの国の王族に対しての気持ちが和らぎつつあるのだ。
俺の心を少しずつ壊して俺の心のなかに入り込んで。

「シェルフィス」

その声が心地よいと思うなんて。
いつまでも目の前の光景を見ようとしないで過去にしがみ付いているんだって本当は自分でも気がついていた。
だけど、そうしないと俺は生きて来られなかったんだ。

だからもう少しだけ。もう少しだけ時間が欲しい。

「マリオン、おまえの全てを受け入れることを」

俺の心の迷いは深い。でも俺は心の奥では求めている。
おまえが俺を迷いの道から救い出してくれることを。



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