青年の迷い  
        
  



「お願いですっ。どうかこの子だけはっ」

「うるさいっ」

「私達はどうなってもかまいません。この子の命だけは助けて下さいっ」

「父上っ、母上っ」

必死に追いすがる子供を突然押し入ってきた男達はその力のまま払いのけた。

「ああっ」

大きな音と共に吹き飛んだ子供の身体は壁にぶち当たり跳ね返る。

「う……っ」

「……っ!!」

「これで許してやろう。あとはどうとでもするがいい。
 だが、おまえたちの刑はすでに決まっている。私が直接おまえたちを迎えにきたのだ。
 それだけでも破格なことだと思うがいい。おいっ、連れて来い」

「はっ」

大勢の男達が取り囲むようにし、力なく立ち尽くしていた男女の手を取ると引きずるように連れて行く。
男達を止めなければと思いながらも全身が痛みを訴え、言う事をきかない。苦痛の為かすむ意識の中、
少年は必死に瞳を開こうとしていた。だがこちらに伸ばされた両親の手を取ることなく、少年の意識は
暗闇へと誘われたのだった。



                       *

「う……」

ホゥホゥと姿の見えぬ動物の鳴き声が聞こえる暗闇で、少年は痛む身体に顔をしかめながら
横たわっていた身を起こす。まだはっきりしない意識を取り戻すように一度閉じた瞳をゆっくり開けると、
星と月明かりが辺りをうっすらと照らし木々を浮きだたしているのが目に映る。

「お、れ……」

何故自分が一人でこんな見知らぬ所、しかも外で横たわっていたのか少年が状況を思い出そうとした瞬間、
瞳に映った最後の光景が脳裏に浮かぶ。

「……っ。父上っ、母上っ」

急に立とうとして無理が来たのか。
その身体を駆け抜けた痛みに耐え切れず、再び少年はドゥッと地面に倒れ伏した。

「う、うぅ……」

あまりの自分の無力さに涙がでた。
明るさをまとう静かな夜が暗闇の深さをより引き立たせる嗚咽混じりの悲しい夜へと姿を変える。

悲しみと悔しさの気持ちのため、小刻みに震える身体。
月明かりに浮き立たされた小さな姿は誰にも見られることがない。それだけが少年にとって唯一の救いだった。
いくら自分が悲しみ、後悔をしたとしても、時間を取り戻すことはできず両親を救うことはもう不可能だったから。

「……許せない……」

自分から幸せな毎日を奪った者達を。

「許すものか……」

自分から全てを奪った者達を。

「おれは憎しみを忘れない」

この日を、この気持ちを。この瞳に焼きついた全てを。心に刻み付ける。
そうでないとおれは生きていられないから。



                     *

「あいつ」

本当は忘れてしまいたい過去を思い出させた。今、自分にとって居心地が良くなりつつある場所に突然入り込んできた少女。
大嫌いで憎むべき対象の一人。その相手は自分の言葉に怯まず、真正面から向かってきた。
逸らさない瞳と気持ちで。

自分だってわかっている。今の自分はあの時とは何もかもが違う。
それにあいつは自分の幸せを奪った者達とは何の関係もない。

だけど。

「あいつは国を治める権力者、王族の一人だ」

自分達の生活などわからない、気持ちさえ無視する立場の者だ。
たとえ、それがまだ年若く、女であったとしても。

「何も知らないなどと言わせない。あんな上からものを見るような言い方許せるものか。
 どこへ行っても変わらない。力が全てを支配するという考え方は」

人は生きていく上で天から立場というものが与えられている。
いくら自らが努力し、その場から逃れられたとしても決められた線からははみ出す事は許されない。
もしその線からはみだそうとすれば自分の身に禍が振りかかるのだ。そう思っていた。

だが

「俺は変えてみせる。そんなでたらめな世の中を」

その揺ぎ無い決意のこもった瞳はその言葉とは逆に暗く、澱んでいるのだった。



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