王女の気持ち 
         
  



暗くてよく見えない。だが規則的にコツコツと近づいて来る靴音にマリオンは身構えた。

「誰?ここで何しているの!?」

「勝手に入り込んでおいて、おまえがそれを言うのか?」

厳しい声が近くで聞こえたかと思うと靴音が止まった。マリオンは背後から聞こえる声にゆっくりと振り返る。

「……」

声が出なかった。薄暗い部屋の中でまるでそこだけが光り輝いているような錯覚。
それほどの明るい光がマリオンの目の中に飛び込んできた。

「……答えろ。許可を取ってここに来たのか?」

光と感じた明るい色をした金の髪の持ち主は冷たく厳しい声を放ち、遠くへと飛んでいたマリオンの意識を
元の世界へと呼び戻す。その命令形の言い様に普段こんな話し方をされるのになれていないマリオンは
いっきにカチンと来てこちらも負けずにと言い放った。

「許可ですって?そんなの取ってないわよ。偶然入り込んじゃったんだし。
 それに王宮の者だったらどこに行ったっていいはずだわ」

確かに入っては行けない所もあることはマリオンだって知っている。
だがそれくらいは雰囲気でわかるし大抵見張りが立っているものだ。この部屋は見張りが立っていない上に
鍵もかかっていなかった。となれば、入ってはいけないということはない。
それなのに一体この見知らぬ男は何を言っているのかと上目遣いにキッと睨んだ。

「王族という者は噂に違わぬ馬鹿ばかりだ。おまえの傲慢さには反吐が出る」

吐き捨てるように言う男にマリオンは怒りよりも恐怖を覚えた。

それは男の表面を覆う冷たさを打ち破るほどの憎悪。自然と身体に震えが来るほどのはっきりとした感情だった。

「な……ぜ?」

震える声で問いかける。自分が何を知りたいのかはっきりとはわからないが自然とマリオンは
男に向かって口を開いていた。

「何故?おまえが王族だと知っていたことか?それとも王族が傲慢だと言ったことに対してか?
 どちらにせよ、おまえには関係のないことだ」

マリオンへと向ける視線は暗さを付きまとい、どこまでも冷たい。
だがマリオンは自分の中に湧き上がる恐怖心から逃げないように男へと向けた視線を逸らさなかった。
自分でも不思議だが男をもっと知りたい、わかりたいという意識が恐怖を上回っている。
それはマリオンが初めて感じた感情だった。

それを何と言うのかわからない。男の態度や不遜さにも腹立たしいが
でも……今はそんなことどうだっていい。
そんな気持ちがマリオンを急速に支配する。

そして、それよりも大切なことは

「あなたの……名前」

「……」

「あなたの名前を教えて」

自然と口から出た言葉。綺麗で優雅なのに冷たい雰囲気と口を持っているこの男の名前が知りたい。
自分がこれからこの男との関わりを続けていく第一歩を始めるにはここから始めなくてはという気持ちが
マリオンの口を動かした。

もっと彼のことを知りたい。
そして私のことも知ってもらいたい。

ここで関係を終わりにしたくない気持ちがあふれ、我知らず必死の形相をしていたのだろう。
しばらく黙っていた男は表情を変えずボソリと小さく呟いた。

「……シェルフィス」

「シェルフィス?」

嬉しそうに聞き返したマリオンにシェルフィスはぶっきらぼうにああと答えた。

「この書庫の管理を任されている」

自分から視線を逸らさないマリオンから逃れるように顔を背けそのまま黙ってしまう。

「そう……シェルフィス。勝手に入り込んでごめんなさい」

「……」

意外な程、寂しそうなか弱い声のマリオンにシェルフィスが驚いたようにパッと顔を戻すと瞳と瞳がバッチリ合った。

そこに映ったのは満面の微笑み。マリオンの計略にひっかかったはずなのにシェルフィスはその微笑みから
逃れられない。

「だからこれからは許可を取ってここに来るからまたよろしくね」

マリオンの言葉が一瞬止まっていたシェルフィスの時間を動かした。

「……なんだと?」

「だって許可を取ればいいんでしょう?私、ここのことまだ何も知らないからいろいろ教えて下さい」

ペコリと頭を下げながらマリオンは彼に気付かれないよう舌を出した。

そんなマリオンに腹立たしい気持ちを覚えながらも何も言えないシェルフィス。

彼の様子にマリオンはやったと思いながらも彼の機嫌を損ねないようその気持ちは表に出さない。

ちゃんと順序を踏めば彼とて文句は言えないはず。
そう読んでこの態度に出たマリオンの作戦勝ち。
今はこんな余所余所しい関係しかできないかもしれないけどマリオンにはその関係を打破するほどの気力がある。
堂々と正面きってここに来ることにすれば、彼もそのうち根負けするに違いない。
簡単なことでこんな興味を持てそうなことばかりを諦める気なんて全くない。

だってもっと彼を知りたいんだから。
ほんの少しずつ、一歩一歩前へ行けばいい。彼を知るために。
それが必ず未来へと繋がる。



                       *

初めての出会いから2年。シェルフィスはうるさそうにしながらも私を完全には突き放さないでいてくれた。
私はあれから空いた時間のほとんどを彼の元で過ごしている。
今まで逃げてばかりいた勉強の時間もそれなりに優秀な生徒となっているはずだ。
それは彼に馬鹿にされたくないがためにやっているのだけれど、肝心な所を彼はわかっていないばかりか気付いてもいない。

あいかわらず彼の暴言は続いている。
でも彼の言葉は私には心地よいのだ。
もちろん怒れることだってあるし傷つくことだってある。
ただ彼の言葉に偽りはない。彼の言葉には彼の真実が詰まっているから。
気持ちという名の真実が。
だから痛みを感じながらも彼の傍にいたいんだと思った。
今の私の気持ちが恋愛感情だと問われればそうだとはっきり言える。
まあ、かなり意地っ張りで負けず嫌いな気持ちも混じっているけれど。
せっかく少しは私の世界に興味を抱いてきた彼を今更放す気は更々ない。
譲歩をすることはあったとしても彼の好むように変わる気もない。
そんなことをすれば返って彼の興味を失ってしまうし。

でもこれだけは譲れない。

彼を想う気持ち。たくさんの感情が入り混じったマリオンという私自身の気持ち。
これだけは彼自身にも。



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