王女の気持ち 
         
 



彼と初めて出会ったのは私が14歳の時だった。
その頃から私は部屋で閉じこもって何かをしているよりも外で駆け回って遊んでいる方が好きで、いつも私の傍にいる
御付きの者達の目を盗んで姿をくらましては陽の光の下で自分の思うままに遊び呆けていた。
今思えばすごく無責任なことをしていたし、心配もかけていたはずだ。でも当時の私は自分の立場に反発心さえ持っていて
その気持ちを追いやるためにも部屋の中でジッとなんかしていられなかった。

息が詰まるほどの王族としての立場。
自分はそんな立場に好きでなったわけじゃない、勝手に自分に責任を押し付けるななんて諫められる度に吐き出して。

思い上がりもいい所だ。
世間も、自分の周り、そして自分さえも知らないから言えたことだと今ならわかる。
当時の私が彼に会って言われた言葉は怒りもあったけれどそれよりも愕然とさせられたと言った方がいいのだと思う。

だって、いくら14歳の小娘とはいえ、王族の一人に対してそんな口の利き方をしたのは彼が初めてだった。
不敬罪で自分が罰せられるかもしれないって思いもせず彼は私に向かって言った。

視線を逸らさず、私の正面から。

不敬罪だと思う時点で十分自分が特別な立場なことを区別しているのだとその時にはわかっていなかった。
けれどわかっているからといって自分の位置を勝手に変えることは無理だ。
ことによっては私一人の問題ではなくなってしまうから。
まあ、逆に意識の変換や特権をもって利用なんてこともできるようになったけれど。

とにかく、私と彼の出会いは2年たった今でもけっして忘れることができない。
当り前な言葉が私の心臓を衝撃でガラガラと崩し去ってくれたのだから。



                      *

その日は朝から久しぶりの雨が降り続いていた。
いつもはマリオンを逃すまいと必死になる家臣達も今日はそれどころではないらしい。
雷が遠くで鳴り響く中、マリオンはいい機会とばかりに部屋を抜け出して一人王宮の通路を歩いていた。
雲が覆って光が差し込まないだけで建物の様子もかなり印象が変わっている。

マリオンの好奇心は半端ではない。
小さな頃から人の目を盗んであちこちを探検してまわっていた。
それだけにあまり褒められたことではないが自分の目的を終えるまでは探しに来た者に見つかったことはない。
だから今回のこの様子ではまずつかまることはないだろう。
すっかり安心しきってキョロキョロあちこちを見て歩いていたマリオンはいつの間にか普段なら決して近づくことのない
西塔へと入り込んでいた。

よく驚かれるが、いくら王族といえども自分の居住区以外はほとんど立ち入ったことがない。
それがこの国のことだけなのかどうかはわからないし、ひょっとしたら自分以外の王族、並びに王宮関係者は
実は王宮内部の全部を把握していて、自分に内緒にしているだけなのかもしれない。

けれど、マリオンだって一応王族の一人なのだ。
役目として王宮くらい把握していないといけないのではないかと思う。
こんな時だけ、権力をひけ散らかすのは卑怯だし、王族の立場が嫌なのに勝手なことを言っている自覚はある。
でも未成年の上に女は必要以外のことは余計な首を突っ込まなくてもいい、なんて今時固っくるしく、時代遅れなことを思っている
上の方々の考えには反発心を覚えても仕方がないのでないだろうか。
もちろんお兄様方みたいに若い世代ではそこまでは考えていないみたいだけど。
だからいつもなら来るはずもない所にくるなんてマリオンにとっては冒険であり探検でもあった。

そんな気持ちがマリオンをよりいっそう大胆で興奮的なものにしていたのかもしれない。
でもちょっとした機会と好奇心から始まった今回の脱走劇がこれからのマリオンの気持ちを捕らえて離さないものに
出会わせるなんてこの時は思いもよらなかったのだった。



                          *

「うわぁ」

何気なく入った部屋。
重厚な扉を開けると目に飛び込んできたのは夥しい本の山だった。
部屋に均等に配置された棚には歴史を重ねていそうな本が埋め尽くし、螺旋階段が辿りつく二階には天井近くまで
棚が続いている。普段、苦手な勉強の時間に使う本程度しかじっくりみたことのないマリオンにとってこの部屋はまるで
未知の世界と言うに相応しいだろう。
今日のような天気でなくても、あまり陽の差し込む感じのないこの部屋ではかすかに感じる古い匂いもこの部屋の一部として
気にもならないし、まさに歴史の一部を体感しているような気がする。
マリオンはドキドキする胸を宥めすかしながらゆっくりと歩を進めていった。

「書庫……よね?すごい。初めて来たけどこんなに本があるなんて……」

部屋全域を埋め尽くす重厚さ。
物の圧迫感というよりは刻んできた歴史の深さに似た雰囲気に圧倒される。
そこを占めるのは王国の歴史を刻んだ本ばかりではなさそうだ。
見たこともない文字が本の背表紙を飾っているものもある。
マリオンは普段接したことのない雰囲気にものまれ、惹かれるように本に手を伸ばしかけたその時

「何をしている!」

突然、鋭い声が部屋に響きわたったのだった。



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