王子の望み
2
「お兄様、お呼び?」
セサルディ王国第一王女マリオンはランドルフの部屋に入ってくると先日まで部屋にはなかった
執務机の上に視線を移した。
その大きな机の上には山ほどの書類と同じく重ねられたあるものが目に入る。
それに大きくため息をつきながら、自分を呼んだ二人目の兄をキッと睨んだ。
「お兄様っ!」
「マリオン、どうした」
突然の妹の大きな声に少しビクッとしながらもランドルフが聞き返す。
だがそんな兄の様子にイライラしたようにマリオンは机を思いっきり叩いた。
バンッッ!!
「どうしたもこうしたもないでしょうっ」
なんでそんな悠長な態度でいられるんだ、とばかりの口調だ。
「お兄様はミルフィーンがどうして私の世話係を辞めたいと言ったのかわからないのですかっ!!」
「マリオン」
「お兄様は私にミルフィーンの事を聞こうと思ってお呼びになったんでしょう?違います?」
「いや……そうだが」
怒り絶頂のマリオンにランドルフはたじろぎながらも返事を返す。
「だったらっ」
そんな兄の姿にマリオンはこみ上げてきたものを必死で押さえ、深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。
「だったら、ミルフィーンの気持ちを落ち着いて考えてみて下さい。
お兄様だって自分の気持ちはわかっているんでしょう?
ご自分の気持ちがわかるのなら、ミルフィーンの気持ちも汲み取れるのでは?
それからもう一つ。その上で本人のことは本人に直接聞いた方がいいと思いますわ。
自分で勝手に想像して思い悩むことがかえって事態を悪化させることもありますから。
私はそう思います」
「そう……か。そうだな」
「出過ぎた真似申し訳ありません」
謝るマリオンに軽く手を振り大丈夫だと言うランドルフは妹が自分の表情を注意深く見ていたことなど気が付くはずもない。
それほど自分の心の内に没頭していた。
確かにこのまま悩んでいるだけではろくなことを考えすぎる。
いくら直接本人から聞くことが怖いといっても自分の手から抜け出ていってしまうことを思えば
多少自分が傷つくことなどたわいのないことだ。
ミルフィーンを失うことに比べれば、それ以外のことなど大したことでもない。
「まったく。本当にお兄様ったら世話が焼けるわね」
マリオンの憎まれ口もこんな時は励ましに感じられる。
いくらこんな言い方をしていても、マリオンだってミルフィーンをとても大切に思っているのだから。
「マリオン、ありがとう」
その言葉に先程までしかめられていたマリオンの眉がふっと緩んだ。
「お礼はミルフィーンを取り戻してから言ってください。お兄様」
「ああ、必ず」
約束ですからね、とマリオンはクスクス笑いながら部屋から出て行った。
マリオンの言葉ではないが自分で自分にも約束をしていた。
小さな頃からの守らなければいけない約束を。ミルフィーンのための約束を。
今だからこそ、その約束は守られるべきだった。
*
そうしていろいろとあった末、ミルフィーンは俺の傍に戻ってきてくれた。
だが新しい任ではなくて元の通りマリオンの世話係として。
本当は俺の傍で俺を手伝って欲しかったけれど彼女の気持ちを俺の気持ちに置き換えたら、
そこまで無理は言えなかった。
それにマリオンもミルフィーンに傍にいて欲しいだろう。
マリオンなら余計な奴らを追い払うくらいの事は喜んでしてくれるし、何かあるようなら俺に言って来るはずだ。
その点では我が妹を全面的に頼りにしている。
男としても兄としても少し情けないところではあるけれど、結局は俺だってまだまだ成人したての子供なんだ。
いくら仕事を以前よりこなす様になってもミルフィーンより何かが余分にできるようになったとしても
事実は変えようがない。
もちろん、ミルフィーンの前では自分の力以上のことをして格好良くみせたいと思うことはあるが
全てを偽りたい、無理をしたいとは思っていないから、ありのままの俺をもっとミルフィーンに知ってもらいたい。
幼馴染のランドルフとミルフィとしての関係だけじゃなくて、お互いに一人の個人として接して行きたいんだ。
王族としての立場でその関係を築き続けるのが難しい事だってわかっている。
ミルフィーンが責められることだってあるかもしれない。
だけど俺はあきらめるつもりはない。そして絶対彼女を守ってみせる。
今の俺にできる全力の力で。
開き直ったからこそ素直になれたのかもしれない。
落ち込んで、いじけて、嫉妬して。
情けないけれど等身大の俺自身をミルフィーンには見て欲しい。
自分の為にも少しずつでも進んで行きたいと思っているから。
だからミルフィーン。いつまでも俺の傍に。
そして俺もいつまでもおまえの傍にいたい。
それが昔からの俺の一番大切な望みなのだから。
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