王子の望み 
       
  



「早く〜〜〜っ」

少女は軽やかに先を行く。
早く追いつきたいのに自分の足は全然言う事を利かなくて、少女との距離は離されるばかり。
手を思いっきり伸ばしても掴めない。もどかしさばかりが募って焦りが余計に少年の足を遅らせる。
少女の姿は見えているのにまるで今にも自分の前から姿を消してしまいそうで心を隙間なく恐怖が支配した。

「……!」

少女の名前を叫んだはずなのにそれは言葉にならない。
そればかりかいつの間にか少女の隣には一つの影が寄り添っている。

「兄上」

自分より4歳上の、そして少女より2歳上の自分の兄の姿。
自分が追いつけない少女の隣に当然のように並んでいる。
その手は少女の手を掴み同じ歩みで更に先へと進んで行く。

「待って!」

二人は振り返らない。距離はどんどん遠くなって。
何より少女の笑顔が兄に向けられているのが悔しくて、自分だけが取り残されて行くことに
恐怖が沸いてたまらない。
同じ位置に立てない、追いつけない、その事実が自分の心を激しく痛みつける。
痛みは消え去らずにいつまでも心の奥にくすぶり続けていた。

いつか、いつか必ず追いついてそして追い越してみせる。
少女の隣に立つために。少女の笑顔を導いて行けるように。

いつかきっと……。



                        *

「何だって」

セサルディ王国第二王子ランドルフはたった今女官長の持ち込んだ用件を信じられない思いで聞き直した。
そんな王子の様子に女官長はほんの少し眉を顰めたが、ランドルフは構わず女官長にもう一度報告するよう促す。

「ですから、ミルフィーンがマリオン様のお世話役を降りたいと。それとお暇も頂きたいそうですわ」

淡々と顔色を変えずに単に一報告とばかりに伝える女官長にランドルフは苛立ちが沸いてくるのを感じたが、
それを意識の力で抑え込み、妹姫のマリオンをここへ連れてくるようにと命じた。

最近ミルフィーンの様子がおかしい。
というより、ミルフィーンは成人を迎えてから少しおかしい様子を見せ始めるようになった。

急に自分に内緒で一人だけで何かをしようとしたりして。
前までは何でも相談してくれていたのに、今では必要以外のことは口にしなくなった。

もちろん女の人の世界だけにしかわからないこともあるだろうから、あまり全てのことに深くは関わらない方がいい
とはランドルフも思っていた。ミルフィーンにはミルフィーンの立場もあるし、自分としては知りたくても知らない方が
いいこともあるだろうと我慢をしていたつもりだ。

それなのに。マリオンが知っているのはともかくとして自分は知らずにどうして兄上が知っているのかが問題だった。

ふと見ると、兄上の傍に優しく微笑んでいるミルフィーンがいて、小さな頃と同じように兄上の隣にいるミルフィーンは
自分には追いつけない速度で歩いている。

その姿を見るたびに、どれだけ胸が痛んだだろう。

兄にだけはミルフィーンが自分の全てを告げているのだと思うと苛立ちを抑えきれなかった。
悔しくて全てを許せなかった。いくら兄上と言えど自分以外の誰かがミルフィーンの隣にいることが。
追いつけない自分に対しても。

それなのに、苦しい気持ちに振り回される中で、成人を迎えたミルフィーンに降って沸いた縁談話。

自分以外に向けられる微笑み。
想像しただけでも怒りがこみ上げてくるのに、自分のこの目で見ることになるなんて我慢できるはずがない。
だからミルフィーンには知らせずに自分の権力を駆使してぶち壊した。
何で、って詰め寄られたけれど理由は言わなかった。

だってそうだろう。
兄上にしろ他の知らない誰かにしろ、おまえを他の誰かにとられたくなかったからなんて
そんな子供じみたこと言える筈もない。
ただでさえ俺が成人していない子供なのは事実なんだ。
これ以上みっともない姿をミルフィーンの前で見せたくない。

俺は自分の気持ちを押し殺して時間をかけて自分を自制して成人するまで待った。

自分の本当の気持ちを告げることを。



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