招かれしもの 
       後編



木々が風に揺れザワザワと音を立てている。
頂上についたラヴィンは不本意ながらサウスと一緒に目的の場所へと向かっていた。
先ほどからサウスが必死になってラヴィンの気を引こうとしているが、まったくもって無視しかない。
だが足元が不安定なのか歩く度に小さな声を上げているサウスにイライラが募り叫び出しそうな自分を
必死でこらえていた。

まったく、まったく、まったく〜〜〜〜〜っ!
私が頭に来るのを知っててわざとやってるのっ!
一度ならまだしも、もう五回目よ!なんで、こんなに簡単に転べるのっ!

気にしないつもりが結果的には注意がいってしまう自分を理不尽に感じながらも、
ラヴィンはサウスに一言言わざるを得なかった。

「あ・の・ね・え!あんた私をからかってんのっ!何回もすっ転んで!
 私はね、これから危険かもしれない場所へ行くのよ!?
 なのに、あんたがそんなにガチャガチャ騒いでくれちゃあ、注意していく意味がないじゃない!
 それとも、もしもの場合、あんたが犠牲になってくれるの?」

一言どころか、たまっていた鬱憤を晴らすかのようにまくし立てると少し皮肉気に笑い、サウスを見つめた。

サウスの目は大きく開かれ、たまった透明のしずくをこぼれまいと必死にこらえている様子は、
子供の頃に逆戻りしたかのようにも感じられた。

「なんでそんな意地悪言うの?
 ……もちろん、ラヴィンを守るよ。どんなことになっても、必ず守ってみせる!」

その表情は必死で、その声は悲痛ながらも真実さもこもっていたと言えたが
そんなサウスの姿もラヴィンの心に少しも響かなかった。

「私は信じない。あんたが私を守るなんて信じられるはずもない。
 あんただって身に覚えがあるでしょう!?」

それがいくら小さな頃だって関係ない。
いや、むしろ小さかったからこそ約束は大切だった。
約束は守られるべきだったのだ。
それをあいつは……。

「あんたは逃げたでしょう!
 恐くて泣いていた私を置き去りにして、しかも結果的には私はおとりになって!
 その後、何とか自力で襲い掛かってくる狼から逃げることができた。
 夢中でどうやったのか私にもよくわからなかったけど、あんたは一人で逃げたでしょう!!」

必死だった。休むまもなく襲ってくる狼の攻撃から逃げて逃げて、逃げ続けて。
あいつは私を守るって言ったのに。絶対守るってサウスは言ったのに!

何とか逃げ切った私が村にたどり着いた時、私をみたあいつの顔。
恐怖と罪悪感に引きつった醜い顔。

もう何も信じれなかった。

それからの私は自分の力だけを頼りにするようになった。
他人から親切を受けても信じられない。儀礼的にしか受け取ることができない。
乾いた私。それがラヴィン。私だった。

そんな私にしたのは誰?!幼馴染を裏切ったのは誰?!
みんなあんたでしょう!

「ラヴィン……」

「とにかく、私は一人で行くことに決めたの。どうしてなのかわからないけれど、
 何故か行かなければならないような気がした。だから、行くの。あんたは関係ないわ!」

せっかく他人を相手にしているのと同じ態度をとっていたのに、蒸し返して。
もう思い出したくなかったのに。忘れたかったのに。
あんたはやっぱり私にとっての不安要素で最悪の存在だわ。


                     *

後ろを振り向かず歩いてきたラヴィンは、やがて目的の場所の前で足を止めた。

「ここね」

目の前には人が三人並んで通れるくらいの広さの穴がポッカリと口を開けていた。
中は暗く、奥に光が届いている様子はない。

「さ〜て。洞窟探検と行きますか」

先程までの暗い気持ちを追い払うべくわざと明るい声を出すと、用意していた明かりをつけゆっくり奥へと足を進める。
じめっとした空気が身体にまとわりつき、明かりは十分に周りを照らしているとはいえなかった。


先は長い、か」

噂によると、この洞窟の奥までたどり着いたものはいないらしい。
その前に吸血こうもりに血を吸われただとか、なにやら正体不明の獣に襲われただとか、
どこまでいっても奥にたどり着くことができず、あきらめて引き返しただとか。

ラヴィンが行くのを決めたのも好奇心もあったけれど、誰もやれないことをやってみたい気持ちがあったからだ。

流れてくる汗を手で拭いながらも足を前へと運んで行く。
ラヴィンの頭の中にはすでにサウスのことなど浮かんでなかった。
ただ奥を目指して歩き続ける。

「…あれ…なんだろう」

かなり歩いたその先に何か光がみえたような気がした。
疲れ始めた身体を鞭打って、光へと吸い寄せられるように歩いて行く。

「これは…」

今まで続いた狭い道から一気に広い場所へと躍り出た。
そこの中心部から眩いほどの光が放たれている。ラヴィンは用心深くその光の発するところへと足を進めていく。

宝玉?

腰くらいの高さの装飾が施された台の上から光が放たれている。
指で摘めるほどの大きさの小さな丸い玉は、いろんな色に変わりながら一定の眩い光を保っていた。

きれい。

まるで、吸い寄せられるようにラヴィンは宝玉に向かって手を伸ばし、それに手を触れたその時。

「ラヴィン!危ない!」

私を呼ぶ声と共に身体が思いっきり突き飛ばされた。

ドンッ!

「いたっ!」

突き飛ばされた勢いでラヴィンは床へと叩きつけられる。
衝撃と光の渦が頭を駆け巡った。

今のサウス?あいつ、思いっきりやってくれたわね!

頭もぶったのか、痛みに朦朧とする意識を浮上させようとしながら、ラヴィンはゆっくりと起き上がった。

「いきなりなにすんのよ!」

突然の不意打ちに怒鳴りつけたラヴィンがみたものは、自分の目を疑いかねないものだった。

「サウ…ス…?」

予期せぬ事態を必死で理解しようとしながら、ラヴィンは光に包まれたサウスにゆっくりと近づいてゆく。

な、に……?なんなの、これ…?

「あんた、なにふざけてんのよ……?空飛べる以外にもそんなことできたの?
 ねえ…何とか言ったらどうなの!?」

微動だにしないサウスへとかすかに震える手を伸ばす。
ラヴィンが抱いたのは不安とほんの少しの後悔だったのだろうか?
信じられない出来事を確かめるかのように伸ばした手は、サウスの腕の中へと身体ごとさらわれて行く。

…………!

「あんた、目、覚ましてたの?うろたえる私を試してたの!?」

馬鹿だった!こっちが少し気にかけたらこんなことして!
そんなに私に嫌な思いをさせたいのっ!

「あんたねえっ!!」

手を振りほどき、怒鳴りつけようとサウスを見たラヴィンは次の瞬間そのまま凍りついたように動きが止まってしまった。

光は先程より弱くなっている。
しかし、サウスをとりまく空気は冷たさとまがまがしさに溢れていた。

これは……。

ラヴィンは自然と震えがくる身体を自分の両手でギュッと抱きしめた。
暗く、凍えるような視線が自分を見つめている。

「あんた…いいえ。あなた誰?」

サウス本人ではない、ありえない気配。
辺りを取り込む負の意識。

「誰だって?……おもしろいことを言うんだなラヴィンは。
 俺はサウスに決まっているじゃないか」

クスクス笑いながら答えたサウスの表情は異常なまでに明るかった。

「本気で私が信じるとでも思ってるの?いくら私がサウスを苦手でもね、違いくらいはわかるわ。
 だてに付き合いは長くないもの」

そう。気にしないつもりでも、傍にいれば意識の一部はサウスに向いていた。
あんなことがあっても、あいつは光に意識をおいていた。決して、闇に意識を置くことはなかったはずだ。

それに話し方が全然違う。あいつはあんなに自信を持った喋り方はしないから。
いつも人の様子をビクビクうかがって、人の顔色を気にして、まるで自分を隠すようにしていたから。

「フフッ。なんだかんだいっても結局サウスを信じてるんだ。
 これだから人間って奴はあきないんだよね」

楽しそうに笑ってはいるが、瞳には暗い影を落としたままラヴィンを見つめる。

「そうだよ。サウスは俺の意識の底で眠っている。
 俺はね。ここにずっと閉じ込められていたんだ。たった一人で。
 眠っていたからもう結構忘れちゃったけど、人間に悪さを働いていたのかな。それでこの宝玉にね」

自分の事なのに、どこか他人行儀に話すその様は物語のお話を語るかのごとく淡々としていた。

「でもすごいな。 ここにたどり着くまでにはいろいろ条件があったはずなんだ。
 だからここまで誰もこれなかったのに。それをおまえたちは満たしていたんだよ」

「条件?私は何もしていないのにここに来れたわ」

「自分をわからない奴に教えてやる義理もないが、まあいいか。話してやるよ」

私は一人で来るはずだった。それが予定外になってしまった。
けど、そのせいで条件がそろってしまった?

それとも私とサウスのなかに理由があるの?私が自分を知らないことが原因なの?
もう何が何だかわからないわ!

混乱の渦に入り込んでしまったラヴィンにサウスがゆっくりと話し始める。

「ここにたどり着くことができるのは力があり心から俺を求めるものだ」

「それって……」

「ああ。こいつは妖精の血をひいてるだろ。だから俺と同調することができた。
 何せ、俺と同属ってことになるんだから」

「同属!?じゃ、あなた」

「俺は妖精族だ。ただし、こいつとは少々違うがな。俺はどっちかっていうと闇に近い」

「妖精?…だから引き寄せられたの?でも、あいつは私について来ただけで
 あいつ自身が来ることを望んでいた訳じゃないのに?!」

「今までの自分を捨て去りたい。変わりたい。どこかにそんな気持ちがあったんだろう。
 それでもなければ、俺が入れるわけがない。それに半分はおまえのせいなのかもな」

わたしの?わたしがサウスを?

「そ、そんなことあるわけない!あいつがそんなこと思うなんて!」

「おまえが追い詰めたのかもな。
 ああ、違うな。こいつはおまえに相応しくなりたかったのかもしれない」

「どう言う意味?」

「こいつは何か後悔していたんだろう。おまえから相手にされなくなってしまった自分に。
 だから、おまえに認められたいと思った。おまえの傍にいたかった。そしてその気持ちが俺を呼んだ」

「私のせいだって言うの!?」

「おまえが、いいや違うな。
 おまえたちが招いたんだ。俺を、こうなることを」

仕組まれていたのかもしれない。
あのことがあった時から、既にこうなることが決まっていたのかも。
そうとも知らず、私はわざわざ導かれるままここに来てしまった。
私が自分で、こうなることを招いてしまった。

「そう落胆することもない。
 おまえが望んだようにこいつは俺を得たことで、どんどん変わっていくぞ。
 そうだな。今度は逆におまえがこいつの後をついて行くことになるだろう」

サウスに冷たくしていた報いが私に降りかかってきたのだろうか?

それにしては私の罪は重すぎる。
それともあいつにとっての罰と半々といったところなのか。

それでもこれから私はこのサウスとつきあっていかなければならない。

時が私達の関係を修復してくれるのか。もしくは新しい私たちの道が開けたのか。

どうなるかはわからない。
だがそれはこれからにかかっているのだろう。

どうあがこうとなかったことにはできない。そうとすればいくら納得ができなくとも受け入れるしかないのだ。

私が自分で招いてしまったことなのだから。



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