招かれざれしもの 
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ラヴィンの朝は早い。
両親が何年も前に命を落とし、独りで暮らしているせいもあるが
大半は手のかかるやっかいもののためだ。
自分の身の回りのことは朝起きて一番で片付け、後は体力維持・暴漢対策も兼ねて走ったり
剣の練習をしたりする。

必ずしも朝やら無くてはいけないという事はないけれど、長年の習慣で朝の一連の流れとしてやらなくては
なんとなくその後が落ち着かないって理由もある。

もちろんそれだけだったら厄介も何もない。
問題はその後だ。
自分の朝食の分だけでなく多めに料理を作り、そして自分にとっては迷惑極まりない奴の為に食べさせる。

しかもわざわざ自ら彼を起こしに行くことまでして!

本当だったら自分を見捨てた奴のことなんて放っておくのがラヴィンとしては当然のことであるし、
正当なことだと思っている。

だが、ラヴィンとて一応顔を知っている相手が自分の傍で死なれた日には目覚めが悪い。
それに彼の両親にはお世話になった。
だから自分の感情を抜きにして、ついで感覚で毎日をこなしていたのだが。


               * 

「ラヴィン」

ラヴィンの意識が心地よく柔らかな声に頭の片隅をくすぐられた。
小鳥の声がその声に混じってかすかに遠くで聞こえる。
まだ太陽が山からほんの少し顔を出したばかりの時間にはそんな遠くの音さえも近くで聞こえるかのように鮮明だ。
だが、ラヴィンが起きるのにはまだ早い。
それに小鳥の声だけならまだしも、こんな朝早くに聞こえるはずも無い声は幻聴としての認識程度しかないのだろう。
いくら早起きが苦手ではないとはいえ、少しでも眠りを持続できるのならそんな声など無視して
このまま時間ギリギリまで寝ているに限る。

ただでさえここ最近の精神的苦痛であまりグッスリとは眠れていないのだから。

意識の片隅で何かの気配を感じながらも、すぐの危険はないと判断している自分の感覚を信じて
身体の要求するままベッドの住人となっていたのだが。

「ラヴィン。本当は起きてるんだろう?
 わかった。おまえがそうでるならこっちも勝手にやらせてもらう」

そんな声と共に襲った感覚にラヴィンの意識は一気に覚醒した。

「ひぃっ……」

突然首筋を温かい息と共に小さな痛みが襲う。
思わず出てしまった声を隠すかのように、ラヴィンはその行為を仕掛けた相手に向かって声を荒げた。

「な、なにすんのよっっ……この馬鹿サウスッ」

「へぇ?そんな事言っていい訳?あいかわらず、いい度胸してるな」

「度胸も何も朝っぱらから何やってるのよっ。し、しかも、かよわい年頃の女の子の部屋に勝手に……」

「か弱い?どこがだ?
 それに俺が声をかけてやったって言うのに起きないのが悪い。しかも同じ事を何度も何度も繰り返させるなんて。
 そんなことじゃ自分からやって下さいって要求してるも一緒だろうが」

「何勝手なことを」

事実だから仕方ない、と言いながらさっさとラヴィンから離れて扉へと手をかけた。

「わかっているだろう」

扉に手をかけたまま振り返った彼の瞳はどこまでも深く暗くて、ラヴィンの心の奥まで覗くほどに
まっすぐにこちらを見つめる。まるで呪縛にかかってしまったようにラヴィンは自分の目を逸らすことができない。

「おまえは俺を招きいれた。おまえが俺を解放したんだ。
 たとえそれがおまえの本当の意思でないにしても、現実として俺はここにいる。おまえの目の前に。
 おまえが俺と付き合うのはもう決められたことなんだ。運命なんだよ」

運命に逆らえるなら無駄にあがいてもいいんだぜ、できるならな。

自分の勝手な言い分を残し、サウスは早くこいよと言って部屋から出て行った。

残された部屋には悔しさに震えたラヴィンだけが残される。

「………っ」

悔しさやら後悔やら様々な気持ちがラヴィンを次々と支配していく。
そしてあまりにも変わってしまったサウスの姿に小さく息を吐いた。

「サウス……あんたはやっぱり馬鹿で迷惑かけまくりよ」

ラヴィンが招いてしまった 招かれざれしもの。
同じ迷惑をかけるなら以前のサウスの方がよかったのかというとそれもわからない。

今となってはどちらがサウス自身に周りにも良かったのかなんて判断することはできない。
結局どちらにしても自分はいつも悩み、そして、後悔するのだろう。
それがサウスとラヴィンの関係なのだから。
ただ言える事は、今までのままだと必ず終わりが訪れ自分はきっと空しさに明け暮れた毎日を過ごしていたのだと
それだけはボンヤリと想像できた。
だから自分が招いたものは、自分達の間に眠っていた変化というものなのかもしれない。

それがこれ以上悪化しないことを心の中で思いっきり祈りながらラヴィンの毎日は過ぎていくのだった。



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