クリスマスは決戦場 



俺は呆然とその場に突っ立っていた。
そんな俺を邪魔だとばかりに横目で見ながら女性達が通り過ぎていく。
俺だってここにいちゃ邪魔だってわかってるさ。
でもどうしたって足がこの先に行くことを拒絶している。
だってそうだろう。
こんな地獄絵図とも化した場所になんて行く勇気はないっ!



事の起こりは30分ほど前のこと。
街に出たら必ず寄ることになっている優希お気に入りの場所の百貨店の地下、
通称デパ地下にいつものように訪れた。

今日は12月24日、クリスマス・イブ。
俺はこの日の為にレストランに予約をいれようとしていたのを二人でゆっくり落着いて食べたいからと
優希に言われて予約を入れるのを止めていた。
自分に任せて欲しいと言われ、どうせなら好きな店で好きなものを食べた方が彼女が喜ぶかと考え直し、
当日の今日何も準備も考えもせずにこうしてついてきていた。
男としてそれはちょっと、と思う人もいるだろうが俺はお互いの気持ちを尊重しあうことも大切だと思っている。

だから優希に任せていたんだが……

どうも嫌な予感はしていたんだよ、デパートに着いた時点で。
ケーキを予約してあるから取りに行きたいと言った優希の顔は満面の笑顔。
そんな顔を見ているのは俺だってうれしいけどその足が地下へのエスカレーターへと向いた時に多少ひきつってしまった。
乗る前からわかる。
下から聞こえる声と音の凄まじさが。
普段でもすごいのに今日は特別なイベントの日。
いつにも増してすごいだろうことは想像に難くない。

でも確か優希って

「イベントごと好きじゃなかったんじゃ……」

「もちろん好きじゃないわよ」

「じゃあ何で」

「弘哉。クリスマスと言えば何を思い浮かべる?」

「クリスマス?何を?……サンタ、トナカイ、雪なんかも思い浮かぶかな。
 それと優希も予約したって言うケーキ、とか?」

「そうよ、そうなのっ。ケーキよ、ケーキッ!!この時にしかない大事なアイテムよっ!
 クリスマスバージョンのケーキ。これを逃すなんてもったいないことできないわ。
 この際、多少の大量生産の味落ちには目をつぶる!」

あんなのもいいし、こんなのもと呟く優希の頭はすでにケーキで埋め尽くされているだろう。
だけど今気になることを言っていたな。

「味が落ちているってわかって買うのか?」

「弘哉、あのね。わかっていても止められない気持ちってあるの。
 それに、別に普通のケーキだけがクリスマスケーキじゃないんだから」

「???」

「さあ、着いた」

エスカレーターが着いた途端、俺はその熱気に圧倒された。

何だ、これっ。
人、人、人の渦。
どこからこれだけの人が来たのかと思うほど、フロアの空間はすき間なく埋め尽くされていた。
エスカレーターから降りる人の邪魔にならないように少し脇に避けたが
それでも同じように待つ人達がいるために立つ場所もギチギチだ。

「それじゃあ弘哉はここで待っていてね」

「って優希!」

「だってこれだけの人がいるのよ、お互いはぐれて迷子になっちゃうわ。
 弘哉は慣れていないからここにいた方が安全よ。
 私だったら大丈夫。場所もわかっているし、早く戻ってくるから」

速攻で言い捨てるように言い、果敢に人の波へと入っていく。

俺のことを考えてくれているんだってことはわかるけど

「自分の楽しみの方が大きいんだろうな」

俺といる以上に楽しいんじゃないかと思うほどの表情が少し落ち込んだ気分にもさせられるが

「そんな優希も好きだって思う俺の方が重症かもしれない」

好きなことにいきいきと輝いている優希だから惹かれてしまう。
そんな自分に情けなさを感じながらも実はそんなにも真剣に気にしてはいない弘哉であった。


                   *

「で、これがケーキなのか?」

「そう。シュトーレンって言ってね、ドイツのお菓子なの。
 ドライフルーツをたっぷり入れて上から粉砂糖をかけて。
 見た目もシンプルだけど素敵でしょう。薄く切ってコーヒーや紅茶とゆっくり食べるの。
 日持ちがするから前から作ってあっても味がどうこうって心配もないしね。
 別に今日中に食べるなんてことしなくていいから長く楽しめるし」

ひょっとしてそっちの方が目的か、と思いながらも食べたそのお菓子は
贅沢でいながらシンプルな味わいで気にいった。

「弘哉、今日はありがとう。
 いつも私の我がままを聞いてもらっちゃってごめんね」

ペコリと頭を下げる優希に俺は苦笑しながらも心は温かくなった。

初めて呼んでくれた優希の家。
優希のご両親に挨拶をして明るいリビングで二人だけの時間を過ごす。
そのテーブルの上には優希お勧めのデパ地下有名店のクリスマスパーティセットとシュトーレン。
贅沢でいて贅沢じゃない、ほのぼのした空間と時間が自分達には似合うと思える。

いつもの毎日にほんの少しの彩を加えて。

デパ地下が大好きな彼女。
俺はそんな彼女と彼女の笑顔が大好きだと素直に感じられたのだった。



next   back   novel