デパ地下な彼女 



午後三時過ぎ。
休日のこの時間帯となれば人の波も少しずつ動き出す。
動きつかれて休憩がてらお茶でも、と喫茶室に入る人達からそろそろ家路につこうと
デパートの出口へと向かう人まで。
デパートの賑わいは最高潮と言えるほどの熱気に包まれていた。

「うふ、うふふふふ……」

自然と微笑んでくる顔の表情は自分の意志では止められないほどだ。
しかしそんな彼女を気にする者は余程この場所に関心のない者だけといえるだろう。
自分の考えに没頭していれば人など見ている余裕もないし、ここはある意味一部の人にとっては
戦場といっても過言ではない場所なのだから。

「うふふ。待ち遠しかった。今日こそ夢がかなうのね〜」

早めに並んだ甲斐があった。
たまにしか来られない所では情報量が圧倒的に少ない。
事前に調べてもいいのだが、それではちょっと面白みにかけるからわざと調べずに
当日現地についてからの情報にかけたのだ。
デパートについた直後、最初にこの地下に来てざっと見てから出来上がりの時間に合わせてもう一度ここに来て。
来るたびに新商品・サービス商品が違うので毎回楽しみにしているのだけれど不幸なことに
今までそういった商品をゲットできたことはなかった。
それが今回ようやく夢がかなうことになる。
そのため、どうしても顔が緩んでしまうのは仕方がないだろう。

「優希、優希」

ああ、あと何人かしら。
どうしようかな。一つじゃきっとすぐなくなっちゃうわよね。
同じ味ばっかりでもつまらないし、じゃああれとそれから……

「優希!」

「うわっ」

大きな声が突然耳に飛び込んでくる。
ドキドキする心臓を宥めつつ、振り向いた先には憮然とした少年の顔があった。

「もう、びっくりさせないでよ〜」

ほおっと息をついて落着かせる優希の様子にも少年の表情は変わることがない。
逆に咎めるような口調で優希へと詰め寄った。

「どれだけかかっているんだ。もうそろそろ帰らないと日が暮れるまでに帰れないぞ。
 おまえが早く帰りたいっていったんだろう?」

「そうだけど、もう少しだから待ってくれる?」

今日は一人で来たいって言ったのに自分も見てみたいからと弘哉もついてきていた。

弘哉とは友達以上恋人未満といった関係かな。
話もあってあちこちに一緒に出かけたりもするけれどこういったショッピング系の所は初めてだった。

だってきっとあんまり好きじゃないんだろうな、って感じがしたから。
そう思ったからお互いに好きな所を見て時間を決めてこの地下で待ち合わせをしていたんだけど
……ちょっとその言い方は気分があまりよろしくないかも。

でもせっかく一緒に来たのだからとグッと堪えてもう少し待ってくれと言ったのに。

「これくらい次来た時にすればいいだろう」

ため息混じりの疲れたような声で言われた言葉に優希の我慢の尾がブチッとどこかで切れた音がした。

「これくらいってねえ、ちっともこれくらいじゃないのよっ。
 いつも買えないからって楽しみにしていた私の気分がどれくらい充実していたか。
 それなのによくも、よくもぶち壊してくれたわね!」

「お……い」

「デパートに来て私の一番の楽しみはこの地下フロアなのよっ!
 それなのにそれを諦めて早く帰ろうだって?!
 冗談じゃないわっ。私はまだこのお店しか見ていないんですからね!」

「優……希?」

「少しくらい待っていようって思わないの?!」

勝手とも言える言い草だけど大したことないなんて言われたらさすがの私でも怒れてしまう。

だって一個も買っていないのよ?
それなのにもう帰ろうだって?本当冗談じゃないっ。

「……悪かった……」

少し恐れをなしたような引き気味ながらも謝罪の言葉を言う弘哉に優希は自分も言いすぎたと反省する。

「ごめん。でももう少し時間が掛かるからまた他の所でも見ていてくれる?」

その方が落着けるだろうから、弘哉だけでなく自分の気持ちも。

あえて意識してゆっくり言葉を吐き出した。

そんな優希に少し引くような態度を見せながらも弘哉は平静を装いながら口を開く。


「あ、あ。わかった。じゃあもうしばらく他を見てくるよ」

「お願いね」

そう言う優希は間もなく来る自分の順番へと既に神経を集中させていた。

「……付き合うんならこれにも慣れなきゃならないんだろうな」

そんな弘哉の呟きはきっと聞こえていないだろう。


弘哉は小さくため息をついて気を取り直すと再び決めた待ち合わせ時間を潰すために
人の波の中へと踵を返したのだった。



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