後継者の告白 
         
  



「参りました」

大きく息を吐き出しゆっくりと呼吸を整えるとレイアは自分の幾分細身の剣を鞘におさめた。
動いたせいか赤みの差した頬は彼女の躍動感をよりいっそう増して伝えてくる。
俺はそんな彼女に半ば見とれながら同じように剣をおさめた。

「いい勝負でしたよ」

俺達の立会いを見ていたガウルは俺に向かってそう言った。
お世辞も入っていると思うが正直に答えてくれるガウルに俺は苦笑をもらす。
付き合いが長い分、遠慮がないのは俺としてもありがたいがあまり格好のいいものではないと思う。
いくら俺を守る護衛の立場があるとしても、俺が彼女を守りたい気持ちに変わりはない。

だから、いい勝負ではまだまだなのだ。
彼女を全ての危険から守れるほどにならなければ。

今の俺では力だけじゃなくて心の強さでも負けている。
立会いの最中、いかに彼女を傷つけずに済むか、そればかり考えて動いていた。

いいや、それだけだったらまだいい。
俺は彼女の動きや表情に見とれてしまって自分の動きに精細を欠いていた。

しかも一度は剣まで落としかけて。これが戦場だったら、俺は即座に命を落としていただろう。
そんな弱さばかりが目立つ自分はまだまだ全てにおいて修行が必要だ。

「まだまだだ。俺の未熟さばかりが目立ってレイアのスピードにも全然付いていかなかったし、技量も力も
 もっとつけていかないと……」

「隊長!」

突然、レイアの鋭い声が俺の話を遮った。

彼女がこんな声を出すのは珍しい。しかも俺の話している最中にこんなことは今までなかったはずだ。
いったいどうしたというのか。

「レイア。カーク様の話を遮るなんて失礼だろう。公の場では絶対に慎め。……何かあるのか?」

「申し訳ありません。十重に承知しておりましたが少し体調がすぐれないようでたまらず……
 今日はこれで帰らせて頂いてよろしいでしょうか」

「かまわないが、大丈夫か」

「レイア、気分が悪いのか?すまない、気が付かなくて。俺が無理をさせてしまったんじゃないか」

「あなたのせいではありません。カーク様。申し訳ありませんが今日はこれで退出させて頂きます。
 それでは失礼します」

「レイアッ!」

一刻もこの場から早く立ち去りたいのか、俺と視線を合わせずに素早く身を返した。
調子が悪いと言いながらも素早い動きに、そして何よりも苦しそうな表情に俺は怒鳴る勢いで
名前を呼んだ。

「レイアッ!」

ガウルをその場に残したまま俺は必死に彼女を追った。
剣の立ち会いの時のような動きで彼女は俺の前から全速力で逃げていく。

理由がわからない。何で彼女は突然俺の前から姿を消そうとするのか。
視線を合わせようとしないのか。わからないから必死になって彼女を追いかける。

「……捕まえたっ」

俺は乱れる呼吸を懸命に落着かせながらレイアの片手を掴んでその勢いのままこちらに振り向かせた。
走っていた勢いのまま止まらなかった身体が俺の腕の中にすっぽりとはまり込む。
吐き出された息の荒さがそのまま彼女の気持ちの荒々さを現しているようだった。

「……っ、離して下さいっ」

「離さない」

「カーク様っ」

「レイアが俺から逃げた理由を話してくれるまで離さない」

「逃げてなんかっ……」

「そう言えるか」

俺の言葉に黙ってしまったレイアを俺は励ます意味も込めてギュッと抱きしめた。
俺の腕の中から逃れようとしていたその身体は最初の抵抗とは打って変わって今は
すっかり大人しくなっている。そんな彼女はいつもと違ってどこか心細そうに感じた。

「レイア、何があった?」

「……悔しかったんです」

「悔しい?」

「あなたにいつの間にかこんなに追いつかれていたことが。
 そして、あなたにすぐにでも追い抜かされてしまうだろうことが私はとても悔しかった」

「レイア、買いかぶり過ぎだ。俺にはまだそんな実力はない」

「わかっています。まだあなたは私と同等の力量でしょう。
 でも、あなたの意識が集中していなくても私と変わらないんです。そこまであなたの強さは追いついてしまった」

彼女は俺の集中力のなさに気付いていた。俺は一人の剣士としても彼女を侮辱に近い行為で苦しめてしまったことに
この時初めて気付いたのだった。

「すまない。レイア、俺はそんなつもりでは……」

「謝らないで下さい。その方がかえって私を侮辱しています」

「しかし」

「本当にわかっているんです。男と女では体のつくりが違う。
 最初は対等に渡り合うことができてもいずれ差ができてきてしまう。仕方がないことです。
 それは納得しているつもりでした。そう頭ではわかっていたはずなのにっ」

「レイアッ」

俺の腕の中で小さく震えるレイアを俺は守るように抱きしめ続けた。

彼女の痛みが取れる様にあたたかく俺の気持ちが伝わるように。



                             *

「子供みたいですね」

泣き笑いのような顔をしたレイアが俺の視線をとらえた。

その瞳には先程までの迷いはない。自分の気持ちを吐き出したことで少し落着いたようだった。
俺は彼女の視線を受け止めたまま、彼女を怖がらせないように微笑んだ。

彼女は俺の中の成長しつつある部分を見てある意味怖がっていたのだと思う。
うぬぼれでないのなら彼女も俺を少なからずよく思ってくれているのではないか。
その証拠に俺と同じ位の年齢の男やそれより下の男に一本取られても先程のように感情を露にするなど
しなかった。
もちろん、護衛官という立場から護衛する相手の方が強いことではいけないという責任感もあるには違いない。
だが彼女をこの腕の中に抱いた時、確かに感じたのだ。

俺に対しての信頼感や安心感、それに好意を。

俺の勝手な思い込みと言われてもいい。もし今は俺の勝手な思い込みだったとしても俺は諦めない。
俺は彼女に会ってから彼女だけを見つめてきたんだ。今更、他の男に渡せるはずもない。

だから、俺は彼女より強くなって見せる。何よりも彼女を守れるだけの心の強さを手に入れる。
それが俺の全ての強さの源。レイアへの気持ちの証だと思っているからいつの日か彼女の横に立てるように必ず。



back   セサルディ王国物語top   novel