後継者の告白 
         
  



最初は自分の気持ちさえわからなかった。そんなことはいつものことだろうとしか思わずに。
王族という立場から珍しいものや高価なもの、素晴らしいものに接する機会は当然のように与えられていた。
それがものであっても人であっても当たり前として受け止めて、ただ流れという時間の中で過ぎ去っていくもの
でしかなかったのだ。その場の感動を手にすることはできても、いつまでも心を離さないものには出会えることは
できなかった。というよりは最初から諦めていたのかもしれない。もし、そんなものに出会えたのなら自分がどういう
行動に出るのか自分でもわからなかったし、出会えたとしてもそれには終わりが必ず訪れることが決まっていたから。

夢中になるものを見つけてしまったらそれから離れることはできないだろう。

そんな自分をどこかで知っていたように思う。だからわざと気付かないようにし興味を持たないようにした。
今までは確かにそれで済んでいたんだ。

だが、とうとう俺はその何かを見つけてしまった。忘れようとしたくても忘れることなどできなかった。

俺の視線の中にいる大切な彼女、レイア・ハルト。俺の愛しい守り神。



                        *

「ふぅ。やっと終った」

夕闇が迫る時間にやっと執務から開放された俺は大きく息を吐き書類をパサッと机の上に放おりだした。
ずっと同じ体勢をしていたせいか、肩と首の辺りを動かすと痛みが走る。
一応、王の後継者としての責任を自覚させるためか、与えられた仕事の配分は自分の力量に任されている。
俺の疲れは溜まりに溜まっていたので、今日はこれで終わりと勝手に決めて自分の部屋の外へと続く扉を
鬱憤を晴らすかのように勢いよく開けた。

「カーク様、お疲れ様でした」

自分が出てくる気配を察していた男は扉から離れた位置でこちらに向かって軽く頭を下げる。
軽く頭を下げた仕草もその体格のせいか、どこか重々しく感じられた。

「ガウル。いつもすまないな」

「何をおっしゃいます。これも私の役目ですのでお気になさらずに。それよりどちらかにお出かけですか?」

「ああ。身体もすっかり固まってしまったからな。少し解そうと思って。おまえも付き合ってくれるか」

「もちろんです。いつもの所でよろしいんですよね」

「その方が落着いてできるから」

身体の解しも兼ねて仕事の目処がついた時には極力武術の訓練をするように心がけていた。
幸いなことにこの国は近年国同志の争いごとに巻き込まれたことがない。
創国当時にはゴタゴタがあったらしいが、特別に他の国から欲するものもなかったらしく、
どこか忘れられた国として平和を保っていた。

もちろん、全く他の国との交流がない訳ではない。
ただ、争いを起こして国庫の財政を削ってまでもして手に入れるほどではないと思われているふしがある。
俺としてはそれが少し情けなくもあったが、犠牲を出してまでも力を手にする意義などない。
何よりも平和であることが一番大切だから。
だが、だからといって武術の訓練を怠ることはできないのでいつからか気分転換も兼ねての日課となっていた。

そしてもう一つの密かな楽しみがある。

「カーク様」

いつもその声と笑顔を感じていたいと思える人に出会うのも欠かせないものとなった。



                        *

「隊長、お疲れ様です」

「異常は?」

「ありません。各班は配備につかせてあります。ただ、少し訓練の方が中だるみになっているかもしれません」

「そうか。仕方がないのかもしれないが、訓練内容を変えた方がいいかもしれんな。また考えておこう」

「お願いします」

キビキビとした声と動作で報告する彼女を黙って見つめていた俺に彼女、レイアは軽く微笑み頭を下げた。

「カーク様、お邪魔をするようで申し訳ありませんでした。お仕事は終られたのですか?」

「無理やり切り上げてきたよ。どうも机に座ってばかりだとおかしくなってきそうで」

少し情けない顔をした俺にレイアはクスクス笑って見せた。

「カーク様もじっと座っているのは苦手ですからね。それでこちらに?」

「ああ。やっぱり俺も身体を動かしている方が性に合っていると思う。
 と言う訳で、レイア。相手をしてくれないか」

「私でよろしいんですか」

「もちろん。頼む」

「わかりました。こちらこそよろしくお願いします」

俺の近くにいたガウルがスッと離れる。レイアも俺から距離を保った位置に立つと静かに自分の腰にぶら下がった剣に
手をかけた。



                                *

キィィンッ……。

天井高い空間に響く音はその激しさを物語るように次から次へと鋭い音を立て続けに鳴らしていた。

カークとて一国の後を継ぐ王子。身を守るための剣術だけでなく、もし何か起こった時の為としての剣の使い方も
習っている。ガウル程ではないとはいえ、それなりに成人男性としての体格もしているつもりだ。
それなのに、手を抜いていなくともレイアから一本を取るのはなかなか難しかった。
女性ではあるがレイアは護衛隊の副隊長を務めているほどなのだからその辺の男や普通の隊の兵士などとは
比べ物にならないほど実力はある。当たり前と言えば当たり前なのかもしれないが、それでも彼女にそう簡単に
負ける訳にはいかなかった。

彼女に守られてばかりはいられない。
俺は俺自身と彼女を守ってみせると決めたのだから。

彼女が初めて俺の護衛に付いた時、俺は時分自身にそう誓った。
彼女の前で格好悪い真似など見せられない。それは彼女を好きになってしまった俺の男としての意地なのだ。
たとえ、彼女より剣の腕が落ちるとしても俺は彼女の前では強くありたい。
力という意味でなく、心の強さを彼女に見てもらいたい。
いくら彼女が俺のことを何とも思っていないとしても俺の意地にかけて。



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