愛しくて平和な日常
1
「お兄様の馬鹿っ」
言葉と同時に踵を返して走り出す。
「マリオン!」
かけられた声にほんの少し肩を揺らしたが、マリオンの足は止まらない。
残された言葉に傷ついて呆然と立ち尽くすランドルフに大丈夫だと軽く頷くとミルフィーンはその場を後にしたのだった。
*
「マリオン」
どうしたの、と脅かさないようにゆっくり近づいた。
許された者しか立ち入れない王室専用の中庭はマリオンのお気に入りの場所だ。
自由があるようで自分勝手気ままに動くことを制限される王族。型にはまることを良しとしないマリオンを自由奔放に過ごしている、
王族に相応しくない、と言う人達もなかにはいる。だがマリオンはそんな噂を知っていながら自分の思う通りに動いていた。
ある一つのことしか見られなくなるのは嫌だから。いずれどうやってもその通りにしか動けなくなる時が来るから
私は今のうちは自由でいたいの。
寂しそうに言うマリオンの姿が心から離れなくて、言うつもりの言葉が口から出てこなかった。
何かがあった時、心を自由に解き放てる場所はここだと言うマリオンの場所を取り上げることはできなくて。
今も服が汚れるのも気にしないで直接地面に膝を抱えて座り込み、そこへ顔を俯けてジッとしている。
ミルフィーンの声にも顔を上げない。マリオンは感情の浮き沈みの激しい方だが、いつもならこんなにいつまでも
引きずっていなかった。
いったい何にその心を痛めているのだろう。
マリオンは確かに13歳という年齢だけを見れば子供と言うべき年齢かもしれない。けれどマリオンは王族としてだけでなく、
一人の人間としてその年齢よりも幅広いものを身につけている。そのマリオンがわがままだとか、勝手な思い込みだけで
ランドルフを責めることはしないはずだ。ずっと傍にいて姉妹のようにして育ってきたミルフィーンだから他の人よりも
マリオンの感情の揺れはわかっているつもりだった。
でも
「マリオン。あなたは何を恐がっているの?」
今のマリオンの気持ちがミルフィーンにはわからなかった。
*
柔らかい日の光が木々の間を縫って地面へと零れ落ちている。
マリオンの好きな中庭の中でも特にお気に入りの場所。訪れた人々が目にする色とりどりに咲き誇る花達のある中心ではなく、
片隅に植えられた木々の下。風が吹くと葉が揺れて、太陽の光も柔らかく射す。
そんな自由で自然で肩の凝らない所だと自分の素でいられるから好きなの、と笑顔で教えてくれた。
ここに来たと言うことは自分でいたいという気持ちのあらわれ。王女としてではなく、一人のマリオンとしての自分でいたいと。
だからミルフィーンもその気持ちに応えたかった。
「マリオン、お願い。あなたの悲しい顔は見たくないの。私にもあなたの思っていることを教えて欲しい」
そっと両手を震える肩に乗せる。伝わってくるのは嗚咽と共に出される小さな振動。
気持ちの揺れを落着かせるようにミルフィーンは同じように地面に膝をつくとマリオンをギュッと抱きしめたのだった。
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