出会いの日 
      
  



ボロボロだった。
ヴァルドを私は追い詰めてしまった。私という存在が彼をずっと追い詰めていたのだ。
たとえ知らなかったとしても。

確かに私は恵まれている。彼と同じ状況にいたのに周りの人に私は愛されていた、大事にされていた。
一人だったヴァルドは、憎みでもしないとやっていけなかったのかもしれない。
誰にも言えないでいた辛さも相当なものだったのだろう。でも……。

「あなたはかわいそうな人ね」

「なっ……」

「人を憎むことで自分さえも否定している。自分で自分を。それがどうしてわからないの」

「お前に何がわかる!!幸せだけを手に入れていたお前に俺の何がっ」

「そうね。私はあなたではない。だから完全にわかるなんて言えない。
 でもあなたにも私はわからないはずよ。私が受けてきた感情もね」

「おまえは恵まれているっ。だからっ!」

「そうやって否定し続けるお前にはわからないだろう。見ようともしないお前には」

今まで沈黙を守ってきたリュシィエールが静かにヴァルドを責めた。
青い瞳が心の奥底まで踏み込んで行くように真っ直ぐヴァルドを射抜く。

「人ではないお前に何がわかる!」

「人ではないからこそわかることもある。
 その分私は何事にも左右されずに判断することができる。
 人の感情ほど難しいものはない。我らにはあまり必要がなかった。
 感情を表すことができない私にとっては不可思議なものだったから」

「そんなことない!リュシィはいつだって私のことを」

「もちろん今は違う。だがそれは私が肉体を失ってから身についたもの。
 だが、もし必要とあらば切り捨てることさえできる。まあ、しようとは思わないが。
 それに私は運が良かった。私を大切にしてくれる人達に出会えたから」

「リュシィ」

「しかしお前は自分のこと以外何も見ようとしていない。
 自分だけが不幸だと、かわいそうだと思っているだけだ。
 何もかも全てのうわべだけしか見ていない。自身のことを知ろうとせずに責めることだけをして。
 だからいつまでも浸っていられるんだろう」

「リュシィ、やめて!」

「止めない。この男も知った方がいい。
 今のお前の幸せは周りの人間と乗り越えてきた結果だと言うことを」

「なに……」

「もうやめてっ!」

「すまない。でも言わずにはいられない。
 、お前に思い出させてしまったとしても」

リュシィエールはきっぱりとに向かって言うと、ヴァルドに厳しい口調で言い放った。

も同じだ。幼い頃、自分自身が殺される毎日と向き合っていた。
 そして……母親がかばって死んだのだ」

リュシィエールの告白にヴァルドは息を呑む。

「犯人は父親と結婚しようとしていた女だ。もちろんばれて追い出されたが。
 だけでなく兄の命も狙っていた。と彼とは血が繋がっていない。
 だが、この事件があったからこそお互いがお互いを大切に思うようになれた。
 それまでは決して近づこうともしていなかったのに。だからはいつも笑っていられる」

「……なら、俺とは違う……」

「まだお前は言うのか!お前は結局自分が一番不幸と思いたいだけだ!」

「リュシィ」

はリュシィエールに目で黙っているように訴えるとヴァルドにむかって
自分の想いが伝わるようにそっと話しかけた。

「ヴァルド、人の想いって不思議ね。
 どれほど強い感情にとらわれていても想いのこもったたった一言でそこから抜け出すことができるの。
 そんな人にめぐり合うことができるって幸せなことだと思うわ。確かに私は恵まれていてその上運が良かったのかもしれない。
 私はあなたにはなれない。でも、あなたの話を聞くことぐらいはできる。
 今までは苦しいことの連続だったかもしれないけど、これからはこれまでに味わったことのない何かに
 出会えるかもしれないじゃない。だってまだまだ人生、先は長いんだから」

、何かそれも的からはずれているような気がするが」

リュシィエールがどこか諦めたようにため息をつきながら言うと、の横に並んだ。

「いいの!それぐらいでないと今までだって乗り越えられなかったと思うわ。
 これからは補佐官の仕事だって大変になるだろうしね!」

「本当に切り替えが上手くなったというか、開き直りというか」

「リュシィ、聞こえてるわよ」

「本当に……」

聞こえないくらいの小さな声でヴァルドが呟く。

「本当にお前は俺を見ていてくれるか。俺が自分で止められなくなったら、お前が俺を止めてくれるか?
 、お前を傷つけることがあったとしても」

すがるような必死な瞳には心までもが囚われたような気がした。
両手を伸ばすとそっと彼の手を包み込む。

「ええ、約束するわ。だからもっと自分を大切にして」

私に何ができるかわからない。傍にいること、話を聞くことしかできないかもしれない。

でもあなたは一人じゃない。
だからもう泣かないで。ヴァルド。


                     *

「あ〜頭痛い」

翌日、蒼玉宮の廊下をガンガン響く頭痛と格闘しながらはヨロヨロと歩いていた。

昨日のヴァルドとの会話に少々落ち込んでしまい、それを忘れようとした結果お酒に手を出してしまった。

が、やはり飲みなれていなかったせいかぶっ倒れてしまい、そのまま気がついたら
自分の部屋で朝を迎えていたと言う訳だ。頭痛を伴って。

(自分の部屋にいたって事は誰かが運んでくれたってことよね。となると、該当者は約1名ってことで。
 ああ、でもお城の人が運んでくれたのかもしれない。あんなことを言った私を良くは思っていないのが当然だし。
 それはそれで寂しいけど、それだけのことをやっちゃったんだしね。ううっ、何かだんだん落ち込んできた。
 もうっ、だめだめ!余分なことは考えないようにしなくちゃ)

は自分の考えを振り払うのと、グルグルガンガンする頭をしっかりさせようとするのを兼ねて
立ち止まり大きく息を吸う。

(今日は仕事がないとはいえ、雑念を振り払わないと明日から影響しちゃうかもしれないから
 今は余計な事を考えずにがんばらなくっちゃ!)

自分に言い聞かせるように意気をいれ歩き出し始めた時、前方から聞き覚えのある声に呼び止められた。

!」

(うっ、今一番会いたくなかった人が)

今しがたまで酔った頭と一緒に振り払った張本人が目の前に姿を現していた。

「おはよう、ヴァルド。早いのね」

覚悟を決めて話しかけたにヴァルドは微笑みながら答えた。

「そう言うこそ」

「早く目が覚めてしまったから・・・…それで、あの……」

「なに?」

「昨日私を運んでくれたのって」

「ああ、俺だ」

(やっぱり〜!い、言い難いけど、気まずいけど、でもっ)

「ごめんなさい!」

?」

「運んでくれたことはありがとうだけど。そうじゃなくて、昨日の私の言ったこと」

一瞬何のことかわからなかったらしく、ヴァルドは小さく首をかしげたがの居心地の悪そうな態度で
昨日のことに思い当たったようだった。

ヴァルドはバツが悪そうにから瞳をそらすと小さく呟く。

「俺こそすまなかった」

「えっ」

「俺の勝手な思い込みでお前を傷つけてしまった。
 何も知らなかったでは言い訳だな。本当、あいつの言うとおりだ。馬鹿だった」

「そんな」

「気を使わなくてもいい。俺は結局甘えていただけだ。自分の思い込んだ世界から抜け出そうとせずに」

いったん言葉を切るとの目をじっと見つめる。
は顔がだんだん赤くなっていくのを意識しながらヴァルドの言葉を待った。

、お前が俺に気が付かせてくれたんだ。俺自身の囚われた世界から引っ張り出してくれた。
 新しい自分を見つけるために」

「ヴァルド」

怒鳴られることを覚悟していたはヴァルドの言葉に呆然としてしまった。
ヴァルドの顔はどこか憑き物でも落ちたように別人のような明るい表情をしている。
そんなの戸惑いを気にも留めずにヴァルドは薄く微笑を浮かべそう言えばと尋ねてきた。

「ところで今日あいつは?一緒にいないみたいだけど」

思わずヴァルドに見とれていたはその言葉で我に返り肩をすくめた。

「リュシィエール?もうこれからは一人前なんだから一人で大丈夫でしょうって剣の中で眠っているわ。
 私が呼ぶか身に危険が迫らないと出てこないの」

「へえ、それは好都合」

「え?」

。今回の事で俺は自分ばかりしか見ていなかった事に気付いた。
 自分一人で何でも事が運んでいくだろうって思っていた事が間違いだって思う事ができたんだ。
 俺は勝手にお前に理不尽な感情さえ押し付けていたのにお前はそんな俺を受け入れてくれた。
 、お前が俺の傍にいてくれれば俺はこれからもっと変わっていける。自分を好きになる事さえ出来る気がする。
 だから頼むっ!俺とつきあってくれ!」

両手を肩に置きギュッと掴みながら勢い込んで言うヴァルドには目を見開く。

「唐突に、いっ、いったい何をっ。冗談……冗談でしょう!?」

「本気さ!俺はお前のおかげで自分がどれだけ狭い世界にいたのかに気付くことができたんだ。
 あのままでいたら俺はどうなっていたか」

一心に見つめてくるヴァルドに目眩がした。

「私はあなたを救おうなんて綺麗事で言った訳じゃない。自分の気持ちを発散させる為に
 自分と同じ、ううん、自分よりかわいそうな人がいるって事を確認したかっただけかもしれないわ」

「違う!いいや、お前がそう言うのならそうなのかもしれない。
 でも、俺はお前の言葉で、お前の存在で救われることができたと思っている……勝手な言い草かもしれないけどな」

「ヴァルド」

「だから俺はお前をあきらめない!
 まずは同僚としてでもいい。お前と一緒に仕事をしてたくさんの気持ちを感じ取って。
 、俺はあいつよりお前に必要な存在になりたい。あいつより傍にいたい。
 だからあいつに邪魔はさせない!、いいか。覚悟していろよ」

自信のたっぷりつまった言葉と同時に、はヴァルドのたくましい胸に息もできないほど強く抱きしめられた。
頭と胸がどんどん痛くなっていく中、は必死の思いで自分の内側から沸き起こる気持ちと戦っていた。

(ヴァルドはなんでいきなりこんな事を言い出すの。わからない、もうちっともわかんないっ。
 でも、でもっ。この居心地のよさに引きずり込まれそうな自分が一番わからない〜っ!)

混乱する気持ちを抱えながら、はヴァルドに抱かれた温もりの心地よさに浸っていた。



こうして二人の出会いは始まった。

これがこれから起こるであろう三角関係的な日常の始まりとなることも知らずに。



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