炎の鎖
2
「ここは……」
上も下も無い、真っ白な空間。何の物音も無い所に二人はいた。
「サヴィーネ、怪我はないか」
「ああ、なんともない。おまえこそ」
「俺は大丈夫だ。しかしここは……」
「どこかわかるか」
「いや」
お互いの声ばかりが響く。
風も音も気配もない。現実ではありえない世界。
だが突如吹き荒れた嵐のような風が起こる。熱を伴い、周りを燃えつくすような勢い。
そして重苦しい気配に二人の緊張が否応なしに高まる。
「そんなはずは……!」
ハイエスウィルトの悲鳴のような声と共に視線の先に現れたのは先程まで目の前で倒れていた、
赤い聖なる生きものであった。
*
一瞬で染められた。真っ白だった空間が金色を伴った深さのある赤い空間へと変わっている。
それと身体の奥底から燃えてくるような熱と空気は思考力をも掻き乱してしまう。
「ハイエスッ!止めろっ」
傷を追った身体がサヴィーネを庇うようにファイアー・ドラゴンの前に立ちはだかった。
顔に流れている汗は熱さばかりではないだろう。背中を染めている赤い色は痛みも伴っているはずなのに、
その眼は苦しいくらいに強く激しいものだった。
「まだ俺達を苦しめるつもりか」
正面から金色の瞳が何をも逃さぬように貫く。臆せずに告げたハイエスウィルトはその瞳を逸らさず受け止めたが、
相手はそれを上回るようにその力の一部を振るった。
轟音が辺りに鳴り響き大地を揺るがす。
「う、あ……っ!!」
目の前の体が宙に舞い、赤く染められた地面に思いきり叩き付けられた音がサヴィーネの耳により大きく響いた。
「……ぁ」
信じられない現状に頭を混乱させながらサヴィーネは震える足を叱咤し横たわるハイエスウィルトの元へと近付いた。
その周囲は使われた力の大きさを示すように炎の熱と衝撃で抉れたようになっている。
信じられない、信じたくない光景だった。
「ハイエス……ハイエスウィルトッ!!」
ピクリとも動かない体に先程までの恐ろしさなど忘れてしまう。
しかしその存在を思い出させるように次の瞬間サヴィーネを襲ったのは一生刻み込まれて離れない言葉の衝撃だった。
*
「愚かな人間どもよ。お前たちは自分たちの罪の重さをわかっているのか」
横たわるハイエスウィルトの傍らに跪いたサヴィーネの視界に飛び込んできた金朱の光。
金色に光る眼に縛られたまま発せられた言葉を聞くがまるで凍りついたように言葉は出てこない。
死したはずの存在の重い言葉が痛みに傷ついた心を更に傷つけていく。
それでも、自分のことよりも必死になってその罪をかぶった存在をこれ以上傷つけたくない。
その一心から自らの覚悟をこめてファイアー・ドラゴンを睨むとサヴィーネは懸命に震える口を開いた。
「罪などわかっている。本来なら死にすら値する罪であることも。それほど成してはならないことだということも。
だがその罪を犯さなくてはないないほど追い詰められていた。このままでは俺達は死を迎えるしかなかったんだっ」
荒れ果てた大地、枯れ果てる水源。
照りつける太陽の下、自分達はいずれ迎え来る死をただ待つしかなかった。
その運命を受けるしかなかった。希望などひとかけらもないはずだった。
それなのに……
「あいつは、ハイエスウィルトは民を守るために自らの命と罪をかけて聖なる存在を、
あなたを倒すことを決意したんだっ」
そんな決死の覚悟で立ち向かってくれた。
あいつの決意が報いたはずだったのにどうして、どうしてその罪を増やすかのように再び俺達の前に現れるんだっ!
「人間よ」
声と共に燃えんばかりの熱を放っていた空間がほんの少し和らぐ。
先程までよりほんの少し穏やかにもなったように聞こえると共に空間の色までもが変わり、もともとの色に近い状態に
戻っていくように感じた。
「我は自分の力全てを抑える術をもたぬ。
我が存在することは常に熱を発し炎を作り出すこと。それを止めることは我の死を意味すること」
その言葉にサヴィーネの肩がビクンと揺れた。
「何故それを。頭の中を読んだ、のか?」
「読まずともおまえの心の声は我に届いた。
思いが強ければ強いほど心の声は響く。おまえたちが苦しんでいたことはわからないでもない。
だが、我とて命を奪われることはなかったはずだ」
「それは……」
1周年記念作品
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