炎の鎖 
    
  



静寂が支配する空間。先程まで生死をかけた戦いが繰り広げられていたとは思えない。
だが、まったくいつもと変わらないという訳にはいかなかった。
風は澱みを運び、大地は所々に傷跡を残す。
それでもそれは自然の一部であるかのようなほんの小さなものに過ぎないと言えるだろう。

そしてそこにあるのは戦いに勝利した高揚感でも喜びでもなく、ただこれから先への未知への不安感だった。

「本当にこれでよかったのか」

不安な気持ちのまま、手に持った剣を再び強く握る。
まるで目の前に横たわったものが動き出しかねないというように。

だがもう決着はついた。いくら目の前のものが動き出しそうな程の生命感を失っていないとしても
事実命の火が失われてしまっているだろうことは確かだった。

「ハイエスッ!」

見知らぬ世界から現実の時間(とき)を刻む世界へと呼び戻すように力強い声が自分を呼ぶと同時に無事倒れずに
残っていた木々の間から葉を揺らし、勢いよく飛び込んできた。

「無事かっ」

息せき切った顔が自分の正面へと回りこむ。
苦しさに揺れる肩など気にもせず、その瞳は自分の姿を離さない。

「……終った」

ハイエスウィルトの力なく呟いたその一言で全てを察したらしい。
サヴィーネは何も言わず、回された両手でその身体が痛みに悲鳴を上げるほど目いっぱい抱きしめた。

「サヴィ……痛い」

「あたり前だっ。馬鹿やろう。こんな大怪我しやがってっ」

「わかっているんなら傷に触らないでくれ。おまえが言うように大怪我をした怪我人なんだ」

「だったら、こんな無茶をするなっ」

怒鳴りつけられた言葉はとてつもなく強い。だけど、強い言葉は自分への気持ちだから。

言葉の奥に隠されたたくさんの心。普段涙などとは関係のないその瞳は安堵感からか零れ落ちそうなほど
いっぱいに透明な雫を溜めていた。

「本当に駄目かと、間に合わないかと思ったんだ」

「サヴィーネ。すまなかった。心配をかけるつもりはなかった」

俯いて肩を震わす体に空いた手でそっと触れる。

もういい、と小さく呟かれた言葉と回された両手の力がサヴィーネがハイエスウィルトの許しを受け入れた証だった。



                           *

「傷を見せてみろ」

言葉と共に背中にかろうじて残っていた布が取り除かれる。

「……ひどいな」

原型を残していない服の残骸がその傷の深さを伝えていたが予想以上の現状にサヴィーネは思わず眉を顰めた。

背中全体、上から下に走るように刻まれた3本の線。
その傷からあふれ出していた血は止まったようだがその深さは直視するにはあまりにも酷すぎた。
だが、サヴィーネはその傷にそっと手を這わす。

「つっ」

痛みに声をだしたハイエスウィルトから離れると、サヴィーネは開いた空間の大部分を占めているそのものに足を向けた。

「これが……」

目の前にあるそのものが何なのであるか頭では理解できてはいたが実際に視覚として目にしたものはあまりにも
信じられないものであった。

「ファイアー・ドラゴン」

赤く燃えるような色に包まれた神にも等しい聖なる生きもの。
もう開かないその瞳は穢れを排除する金色の光を宿っているはずだ。

「なんて美しい」

サヴィーネは震える手をゆっくりと近付けたが、触れる寸前で戸惑うように引き戻した。

「大丈夫だ」

ハイエスウィルトは近付くと、まだほんの少し温もりの残る体に手を乗せた。
そこにある体はその手を拒むことなく受け入れている。

「さあ」

ハイエスウィルトの誘いにサヴィーネは先程ハイエスウィルトの背中に触れたままの手で赤い体に触れた。

その瞬間だった。

「うっ」

「ハイエスッ」

命の火を失ったはずの体が金色の混じった深い赤に輝くと同時に体が壊れそうなほどの激痛が全身を覆った。
                                                                       
                                                                     

                                                             1周年記念作品
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