炎の鎖
    
 



言われなくてもわかっていた。そうできればどんなによかっただろう。
だがそれを現実にできなかったのは全て一族にハイエスウィルトを認めさせるため。
最後の直系たる存在を知らしめるため自らの命を守るために仕方がなかったのだから。

民の為。それだけの理由だったらこんなにも心は痛まなかったかもしれない。
こんなに後ろめたい気持ちにならなかったかもしれない。
世間に毒された心を持って聖なる存在を消してしまうことは最大の罪。いかなる理由も理由とならない。

「……悔いる気持ちが、理由があるようだ。
 我は既に身体無く、命のみとなった存在。その命ももうすぐ尽きる。
 既に起こったことを変えることはいくら我とてできはしない。
 しかし、それだからといって何の罰もなく許すこともできぬ」

神にも等しい存在の命を無くした。それで罪なく、とも考えてはいない。

だがあいつ一人だけにその罪を押しつける訳にはいかない!

「聖なるものよ。俺にも罪を。ハイエスウィルトに与えられるはずだった罪の重みを俺に分けて欲しい。
 一つの痛みを二つにすれば、あいつが少しでも救われるのなら」

サヴィーネの視線の強さ。
それは命の強さそのものであった。



                          *

そして全ては運命(さだめ)として自分達に課せられた。

赤く、闇を伴う銀朱の月。その月は俺達に枷を与える。
決して逃れられない、罪という名の鎖を。

ハイエスウィルトの苦しみは死にも値するといってもいいだろう。
だが、あいつは自分の命を守るためではなく俺達の為に、これから生まれてくる自分と繋がっていく者の為に
命を絶つことをやめた。
この呪縛が死をもって開放されたとしても自分一人だけでそれが終ることはないと知っていたから。
痛み、苦しんでも自分の命が長ければ長いほど呪縛は次へと移る時間を延ばすことができる。
ただそれだけの為に自らの命を絶たずにいた。

自分の罪を後から生まれてくる者達へと引き継いでしまう罪悪感と隣り合わせになりながら。

今の俺に出来ることはほんの少しのことだけだ。
でも、それでもあいつの苦しみが軽くなるのなら俺はずっとあいつと共に生きて行きたい。
繋がっている俺とあいつの鎖を自ら断ち切ることはしない。

これから未来(さき)、俺達の血を受け継ぐ者たちに何があろうとも。



                               *

赤、朱。そして炎。尊きものであると同時に災いを呼ぶもの。
ドラグーンとアトゥース家の象徴であり証でもある。
人の内にある月の流れが、天空に浮かぶ月達が翻弄し、惑わせる。

いつかこの鎖から解き放たれた時、いったい何が起こるのだろう。何を想うのだろう。

過去と未来。交わらないようで一つの線上にある時間の流れ。
どのような結果が訪れようとも幸せであればいい。
全てのものに幸あれ。

月はいつも見ている。そう、いつも……。


                                                         1周年記念作品
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