憧れ
3
「ミルフィーン」
焼きあがったお菓子を詰めた籠を持って歩いていたらランドルフから呼び止められた。
振り向くと香ばしい匂いが辺りにたちこめる。焼きたてならではの香りに思わず顔が綻ぶ。
「そんなに浮かれてどこに行くんだ」
そんなミルフィーンとは逆にランドルフの表情は沈んでいる。
いったいどうしたんだろう。
「浮かれて?そうじゃないけどほらっ。うまくできているでしょう?
新しいお菓子を焼いてみたんだけどばっちり成功したから嬉しくって。
ちょうどよかった。今からお茶にするんだけどランドルフも良かったら寄って行って」
初めて作ったにしては上出来で味も申し分なしだったし、ちゃんとお墨付きももらった。
「またあいつの所に行ってきたのか?」
「え?あいつ?」
「惚けるなっ!あいつだよ、あいつっ。厨房の!」
急に大きな声を出したランドルフに訳が分からず、それでも厨房と聞いて頭をこっくり振った。
「スウルのこと?うん、行ったわ。いつもの恒例だから」
「恒例ってなんだよっ」
「味を見てもらうの。新しいものを作った時には必ず。ずっとそうよ?私がお菓子を作るようになった時から」
マリオンから頼まれてお菓子を作るようになった時から続いていること。
魔法の手を持っているスウル。年はそう違わないけれど私のお菓子作りの先生でもある。
その手から繰り出される素敵な世界は私にとって憧れなの。
「味見なのか」
気が抜けたように呟くランドルフの表情が小さな子どものようで微笑ましい気持ちになって笑ってしまった。
「〜〜〜笑うなっ。だって気になるだろう?!年が近い男の所にしょっちゅう行くなんて何かあったらって」
「信用していないの?」
「ち、ちがうっ!そうじゃなくて、あ、その、ミルフィーンを好きになられたら……うっ、しまっ……」
しどろもどろしているランドルフには悪いけれど嬉しくって今度こそ思いっきり声を立てて笑う。
「ミルフィーン!!」
小さな子どものように戻ってしまったようなランドルフを見られるのも最近では貴重なこと。
時間を重ねるにつれてそれぞれの責任が重くなってしまってゆっくりと過ごす時間も少なくなっていってしまっているから。
たまにこんな楽しい時間を過ごせるのもマリオンのおかげね。そして魔法を教えてくれたスウルの。
私ももっともっと皆が微笑むことができるようにがんばらなくちゃ。
私自身も嬉しさであふれるように!
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