誘惑の行き先



どうしてこんなに誘惑するものばかりあるんだろう。
いつものことながら本来の目的を忘れて先程から目移りしてばかりだ。
年々早くなるクリスマス戦線。
選ぶ側もゆっくり選べてうれしいかと言われればそれも微妙で。
逆にもう今年もそんな時期が来たのかと気ばかり焦って地に足がつかない感じだ。

「優希」

少し疲れたように呼ぶ声。
人の多さも然ることながらその商品の多さにげんなりした顔がこちらを向いていた。

「ごめん、弘哉。もう少し待ってくれる?」

いつも付き合わせて申し訳ないと思いながらもできるだけ長く一緒にいたいから
無理を聞いてくれるのをいいことに、つい甘えてしまう。
しかもいつも最後の締めくくりに来てしまうからどうしても人が多い時間帯になってしまって。
弘哉の表情が疲れていても仕方がないことだ。
慣れている優希でさえ少々疲れが出てきているのだから。

「あっちに椅子があったはずよ。さっきは空いていたからそこで休んでて。
 商品は決めたしあとは注文するだけ」

「わかった。じゃあ、終わったら来てくれ」

そう答えると人の間を縫って足早に歩いて行く。
毎回人の多さや雰囲気に圧倒されながらもどうやら大分このフロアにも慣れたような弘哉に
そんなにも何回も付き合わせてしまっているんだと反省する。
でもそんな気持ちと相反してうれしく感じてしまう。
だってそれだけ何でも言える、できる関係ってことなのだから。
デパ地下通いを止めることのできない自分を許してくれている弘哉にありがとうと心の中で感謝の気持ちを送りつつ
優希は自分の欲求を満たしながらも少しでも早く要件を済ますことへと取りかかった。

「すみません」

気持ちを切り替えて店員さんに商品を告げると予約票への記入を始めながらも
いつもと違い優希の表情はあまりうかないものだった。

(今年は最悪だわ。お店や種類は多いのに。今のこの状況だから仕方がないのかもしれないけど
 大きさは例年より小さくて値段は逆に高い!といっても注文しないなんて我慢できないし、
 う〜、損したとしか思えないっ!!)

待ってくれている弘哉には悪いけどせっかくの気分もかなり下降気味。
もちろん当日になればそんなこと忘れて思う存分欲求を満たしまくるのはわかっている。
それでもこんな所にも食品の値上げや原材料不足やその他もろもろの影響が出ているなんて
食べながらも考えなければならないことが出てきてしまった。
問題にかかわっている人達が一番大変で苦労していて考えることだらけで贅沢を言っている自分なんて
何事かって言われても仕方がない。
だから自分は少しでもそれを解決するための協力ができたらって思う。

自分にできること、それは

「食べることよね」

自分の思いつく限りでできることをして実行に移す。
食べること以外にもできることはやるつもりではいるけれど一番有効的なこと。
それはたまの贅沢、たまの欲求不満解消であることには違いない。

「いっけないっ、早く行かなくちゃ!」

予約票をバッグにしまい、弘哉の元へと急ぐ優希の顔には先ほどとは違い晴れやかな笑顔が浮かんでいた。



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