揺れ動くもの



城に務める者は部署によっても違うが一日の大半の時間を書類に向かってすごす。
それは俺、カークにとっても例外ではなく、特別なことがない限りは部屋に閉じこもり職務に費やすことが
多かった。
執務中は護衛隊の隊長であるガウルに代わり、政務に関する者達が俺の傍についているが
はるかに年の離れた彼らと過ごすことはなかなか難だ。お互いの立場を抜きにしても気の合うガウルとの方が
落ち着いた時間を過ごす事ができた。もっとも仕事の内容の所為もあるかもしれないがこう閉じこもりきりでは
ため息をつきたくもなる。そんな気持ちのまま続けていても能率は悪くなるだけだろう。
俺は一端休憩を入れたいと告げ凝った肩をほぐすように交互に回すと、彼らにしばらく執務を任せ
剣の練習のできる演習場へと足を進めた。

「ん?」

いつもは演習場に近くなると剣のぶつかり合う激しい音が聞こえてくるのだが今日は静まり返ったままだ。

終ったばかりにしても誰かの話し声とか何らかの音は聞こえるはずなのに珍しいな。

そう思い、演習場への入り口から中を覗いた途端俺はその場から動けなくなってしまった。

「……っ!」

出そうになった声を無理やり喉の奥で抑える。

瞳に映る光景はまるで一つの絵画のように美しい。そこにあるのは俺にとっては信じたくもない、受け入れがたいものなのに
頭の中に焼きついて離れなかった。
略式の護衛官の服装が均整の取れた身体によく映えている。それに加えて個性と実力をはっきりと持った二人の姿に
自然と視線は追い、独特の雰囲気が他の介入を拒んでいるかのようだった。何者も入ることのできない空間は張り詰めた
空気と同時に穏やかでお互いがお互いを信頼し合っているのが伝わって来て胸の片隅にかすかな痛みを感じる。
仕事の関係だけじゃない、何を言うでもなく分かり合える位置にいるのだろうことが外から見ていてもわかった。

だから二人の手が互いの背に回っていたとしても、レイアの瞳に涙が浮かんでいるのが見えたとしても、
信じたくないのに信じられてしまう。震えが来るほどの憤りを感じていても、俺は動くことができないでいた。

「カーク様!」

剣が扉にぶつかる音で気付いたレイアが俺を見て慌ててガウルから離れた。
頬を流れる涙を乱暴に拭う様に苛立ちと同時に衝撃が襲う。
自分以外の男の前で無防備に泣いていることに怒りさえ沸いてきてしまいそうで、
レイアを見ているととんでもないことを言ってしまいそうで、胸の痛みをそのままに二人から顔を背けた。

「邪魔、をした、な。すまない」

かすれた声が今の心情。精一杯ギリギリの俺の限界。

「待ってくださいっ!!」

レイアの叫ぶ声を後ろに俺は演習場を飛び出した。



                     *

「カーク様!」

切羽詰った声が俺を呼ぶ。いつもの俺と話すときとは違うどこか焦りのある声。
だが、それは見られてしまったことからだけだ。そしてそのことに深い意味はない。
ただ恥ずかしかっただけだろう。

「どうして何も聞かないんですかっ!!」

足音が近付いてきたが、俺は足を止めずに前だけを見て歩き続ける。
追いつかれてしまったら先程の光景の理由を聞かなくてはならない。
ただでさえ、心臓に打撃を受けているのにこれ以上追い討ちをかけるようなことをするなんてできるはずもない。

「あなたの所為です!」

悲鳴のような一言。泣いているかのように聞こえた声は俺の足を止め、振り向かせるには十分だった。

「私がこんなに弱くなったのはあなたの所為です。こうしてガウル様に頼ったりするなんて」

「レイアは俺よりもガウルに頼ったのか?……そんなに俺は頼りにならないのか?」

俺よりもガウルに頼ったことが悔しい。普段、仕事も一緒にしているガウルだから俺よりも言いやすいし
相談しやすいだろう。

それでも悩んでいるのなら、苦しい思いをしているのなら、俺に教えて欲しい。
俺の知らないところで泣かないで欲しい。ましてやガウルの胸に縋るなんて!

レイアがどれだけガウルを頼りにしていて好きなのか嫌と言うほどわかっている。それでも心の奥が苦しくてたまらない。

「聞くことしかできなくても俺に出来るだけのことはしたい。ガウルより他の誰かよりも俺に頼って欲しい」

「そんなことできませんっ!」

「どうして?!」

怒りが顔を歪ませるのが自分でもわかった。
隠すことなんて出来ない、感情そのもののきれいとは言えない嫉妬がそのまま出ている歪んだ顔が。
どす黒い感情が支配していくのを止められない。自分がどうなってしまうのかもわからない。

このままではいけない。止められない感情のまま口を開けばレイアを傷つけてしまう。
誰か止めて欲しい。誰か……

「あなたのことを相談しているのに本人に話なんてできる訳ないでしょう!」

「レイア……」

カークの中に埋め尽くされていくものをレイアの言葉が断ち切った。
うっすらと涙を浮かべた顔に目を奪われる。この表情と想いは俺にくれたものなのか?

「レイア」

「自分の気持ちだってわからないのにあなたの気持ちまで考える余裕なんてない」

「俺のことを?……本当に」

「信じられませんか?私の瞳にはもうあなたしか映っていないのに?」

「信じられるはずもないだろう。自分でさえ信じられないのに。ガウルに比べると俺はまだまだだ。
 君の事が好きだと、他に変えられるものはないとそれだけはわかっていたけれど君の気持ちに自信がなかった。
 でも……信じられないことが誤解を招いてしまうんだな……すまない」

「あなたが謝ることなんてないんです!」

「でも俺が弱かったのだから」

レイアの心が揺れるのは俺の所為だってことだろう?
ガウルにこれ以上頼って欲しくないのに俺がそう仕向けてしまったのだったら原因は決まっている。

だからすまない。そんな君に喜んでいる俺もいるのだから。

自分の力を信じることが出来ない。
何かがあればすぐ揺れ動いてしまう不安定な俺だけどこれ以上俺が嫉妬しないように一緒に歩いていって欲しい。
お互いにわからないことだらけだからゆっくりとわかりあっていこう。お互いの気持ちをいつも見ていたいと思えるように。



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