夢の中の夢
たまに夢を見る。
子供の頃の夢。力がなくただ為されることを見ているだけしかなかった頃を。
逃げて、逃げて、逃げ続けて。必死に生きることを自分に言い聞かせていた。
子供一人生き抜くことはそう簡単なことではない。実際死にそうな目に何度もあった。
それでも何とか生きていくことができたのは一つの想いがあったからだ。
もうだめだと思った時、頭に浮かんだその想いだけで今まで来ることができたとも言えるだろう。
そしてそれは克服、もしくは解決できたはずの今でも消えることはない。
たとえ愛しいと思い始めた少女の前であっても。
*
「シェルフィス、どうして」
「もう疲れた。おまえも本当はそう思っているんじゃないのか」
「?!なんでっ、そんなことあるはず……」
「あるんだ。おまえがそう思っていないのならどうして俺がこんなに疲れるんだ?」
俺の言葉にマリオンの顔が強張る。
それはそうだろう。言っている俺だって心の奥底がキリキリ痛む。
本当はこんな言葉を言いたいんじゃない。
でもあまりにも強すぎるから。言葉が、行動が、表情が、全て俺を中心にして動いている。
マリオンという少女を知りたいと思ってから感じていたもの。
それは初めは心地よかったが段々と重く辛くなってきた。
自分の心が求めているものを何を求めるのでもなく俺に与えてくれるから、だから怖くなった。
俺に興味がなくなって離れて行ってしまった時、俺は耐えられるんだろうか。
また子供の頃のように一つの想いを追い続け、それだけしか考えられなくなってしまったら。
俺がマリオンを憎むだけしか出来なくなってしまったら一体後には何が残るんだろう。
何も残らない。俺はただ生きるだけのあの頃に戻ってしまう。
苦しい程の不安な気持ちが俺の心を翻弄する。
「シェルフィス」
自分の中で没頭していた為、頭の中に響くように聞こえた声にびくりとする。
後ろめたい気持ちもあり背けていた顔を覚悟を決めて正面から見た。
「わかっているから」
いつの間にか震えていた唇が細く小さな手で触れられる。
無理をして言葉を出そうとする必要はないのだと言うかのように。
「私ね、シェルフィスの考えていること大分わかってきたの。私にそう言うってことは……怖くなったんでしょう?」
「……違うっ」
暗い声に暗い表情。本当ならそんな風にさせたくないのに余裕のない心は感情をより荒立たせる。
「違わない。私がいなくなったらって思ったんじゃないの?ありもしないことを」
「どうしてありもしないって言える?この世に絶対なんてない。だったらおまえが俺から離れていくことも」
「やっぱり」
ため息をつくような仕草にはっとなる。
暗い声も、表情も俺から本音を引き出す演技だったのだ。
「私ね、夢の中の夢ってあると思うの」
先程とは違う静かな声。言いだした内容の唐突さに感情がすっと殺がれる。
「夢の中の夢?」
「そう。夢って疲れている時や感情的になった時に見やすい事が多いと思うけれど
結構その中に自分の気持ちがはいっていたりするじゃない」
ね、と首を傾げながら同意を求めるマリオンに言われるがまま首を縦に振る。
「でもその中でもまた夢を見たりする。夢の中の夢って自分の求め過ぎたり不安過ぎたりする気持ちを最高に
表した形だって私は思うの」
「最高の気持ち、か」
良いにしろ悪いことにしろ最高の気持ち。想いが一番強くなること。
確かにそうかもしれない。子供の頃の夢を見て、その気持ちのまま行きついた先はマリオンが離れていく夢だった。
それは離れていくかもしれない気持ちと傍にずっといて欲しいという気持ちの両方の現れだったかもしれない。
素直に人前で認めることはできないがそれでもそれだけ俺はマリオンを失いたくないのだろう。
「私も見るの。夢の中の夢をね」
「おまえも?」
「私はね、大人になる夢。どうしてかわかる?」
「?大人ならいずれなるだろう?」
「もちろんそうなんだけど!だからね、大人でいないとシェルフィスが離れて行っちゃうかもしれないってことよ!」
怒りながら、でも恥ずかしそうに言うマリオンはわかっていないんだからと呟いていたがどういう意味かさっぱりわからない。
「もうっ、本当にわからないの?!つまり夢の中の夢を見るくらい私はシェルフィスが大好きなのっ!!」
顔が赤らんでいるがそれは怒りからか恥ずかしいからなのか。
その顔を見ていたら先程までの不安が一瞬で消し飛び笑いが込み上げてきてしまった。
いつも大人びて言葉が巧みでやり込められている者がたくさんいると聞く。
そんなマリオンでも少し殻がめくれれば年齢相応の普通の少女なのだ。
それなのに俺は自分でマリオンを特別とみて余計に不安を増長させていた。
「もう大丈夫みたい」
笑い続ける俺にマリオンはほっとしたように微笑む。
ああ、もう大丈夫だ。また夢の中の夢をみるようなことがあっても無くすことを恐れはしない。
瞳を開けば満開の笑顔が広がっていることを疑いはしないから。
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