唯一の特権



カークはペンを置くと大きく息を吐き出した。ずっと文字を書いていたせいだろうか。ペンを握っていた手がしびれを伝えてくる。
だがそれよりも体が重く頭もすっきりと晴れない。ここ最近謁見が立て続いたせいだろう。精神的な緊張と休む間もなく動いた結果が
正直に体に出てきたのかもしれない。まだまだ自分は未熟だと苦笑を浮かべた所で扉が来訪者の音を告げた。

「どうぞ」

「失礼します」

きびきびとした声にカークの顔に自然と笑みが浮かぶ。と同時に首を傾げた。カークが執務中の今の時間は他の者がカークの護衛に
当たる為、レイアは代わりに周囲の巡回を行っているはずだ。何か不測の事態気でもあったのだろうかと身を引き締める。
無駄のない動きで部屋に入ってきたレイアの表情は勤務中の常である凛とした変わらないものであった。

「何かあったのか」

執務中に用件もなく自ら来るとなれば内密の話でも、と想像してしまう。だが一応仕事に関してのことと思い口調も砕けすぎずにそれなりに
畏まった口調で答える。レイアの様子をさりげなく探ると少し困ったような表情をしているから仕事ではないようだ。仕事と私事をしっかり分ける
レイアだから割とすぐにわかる。そんなところもカークにはかわいらしく思えてしまうところだが本人に知られたら仕事モードでしか接してくれなく
なるので未だ内緒にしている。

「お仕事中にお邪魔をして申し訳ありません」

「いや、大丈夫。それより珍しいね。急用でも?」

「いえ、特別に何かと言う訳ではないのですが……」

いつもきちんと物事を運ぶレイアが言いよどむなどあまりないことだ。先を促すように視線を向けると机の上に何かが置かれた。

「これは……?」

白い紙に包まれた小さなものと蓋をされた細長いカップ。小さなトレイは入ってきた時に扉付近のテーブルに置いていたようで
ほんのわずか頭痛に気を取られていたカークは気付かなかった。

「あの、カーク様は甘いものは大丈夫でしたよね?糖菓子と香草茶です。お疲れのようでしたのでよろしかったら召しあがって
 下さい。優しい味ですし緊張を解してくれる効果もあるんです」

そんなに調子が悪そうに見えたのだろうか。出さないようにと気をつけてはいたが感じ取られてしまうなど本当に情けなく思えてくる。

「他の方にはわからなかったと思います。私は傍に付かせて頂いているので気がついたんだと。いつもよりも顔色が優れませんでしたし……
 あなたの調子が解るくらい見ているんです、たくさんのあなたの表情を。私だけの特権なんです」

最後の方は俯きながらの小さな声なので良く聞き取ることができなかったが自分を気遣って来てくれたことが嬉しい。
香草茶は口に含むと爽やかな広がりで体を満たしてくれた。

「それでは私はまた後でお迎えに伺います」

糖菓子の包みを開くと優しく甘い香りが鼻をくすぐる。レイアの言葉に感謝の一言を返すとカークは糖菓子を口へと放りこんだ。



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