やすらぎ



重圧感を与えるほどのおびただしい棚の列。その中には膨大な知識がぎっしり詰まっている。
所蔵物を守るため光を遮断せざるを得ないこの部屋だがほんの少しの例外の場所が存在した。
通うようになって勝手にも大分慣れた頃に見つけ出したのだが今ではマリオンのお気に入りの時間を
過ごす場所となっている。

「次はこれね」

果てがないのではないかと思える程の量に驚きながらも興味魅かれる内容の本を見つけ出すことは
まるで秘密の扉を開くような楽しみがあった。手にとっては開き目を追っていけばいつの間にか太陽が山の下へと
沈み行こうとしていることもある。自分でも不思議に思うほど夢中になっていた。

「あ……」

古びていても立派な装丁の端がほんの少し剥がれている。マリオンはその場所を指で押さえ確認すると
近くにある机へと置いた。

「後で直さないと」

机の上に積み重なった本は既に処置を終えたものだ。最近では日課となった作業はこの部屋の主にも
認めてもらえるほどになった。そしてここへ来ることにも。いつかと思い描いていたものが現実となる嬉しさは
彼と会ってから初めて知るようなったと言える。充実感を得られる場所は今のマリオンには他の時間を割いてでも
長くいたい時間だった。

「少し休憩しようかな」

どれくらいの刻が過ぎただろうか。太陽の位置が確認できないのではっきりとはわからないが目や腰の痛みからして
結構夢中になってやっていたように感じる。体の不調がでるなんて情けないがそれだけ自分が何も知らなかった証拠だと
思えるようになったのはここに来るようになってからだ。腰の痛みに注意して座りながら両腕を上にあげて背筋を伸ばすと
マリオンはほっと息を吐いた。

「シェルフィスはまだ作業中よね。邪魔しないようにしないといけないけど後でお茶くらい……」

疲れていたのか意識が段々と朦朧としてくる。やらなくてはいけないことを頭の片隅に留め置きながらマリオンはそのまま
吸い込まれるように夢の世界へと誘われて行った。



                       *

身体がなんだかポカポカする。柔らかい陽の光を浴びているにしてはもっと暖かみがあって心地がいい。
いったいなんだろう。

「…………!」

ぼんやりした頭が徐々に覚醒してくる。その温かな感触を思い巡らせながら事実へと付き当たり心臓が止まりそうになった。
驚きで体が動きそうになったのを必死で留める。半分夢ではないかと混乱状態になりながらも瞳をゆっくり開いた。
柔らかくて深い紺色の布。マリオンには体をすっぽり覆われてしまうほどの大きさのそれは予想と違わない
シェルフィスの膝掛けだった。

「シェルフィス……」

普段はあまり見せてくれない小さな優しさがとてつもなく嬉しい。起きて本人の元へと行けば一言二言の注意と言う名の
言葉はあるだろうがそれが自分の体を気づかって出たものだとわかっているから少しも気にはならない。
しばし固まっていたマリオンの耳に小さな音が聞こえたのは布に頭を伏せていた時のこと。
慌てて不自然でない姿勢に戻すとしっかり目を瞑った。

「まだ寝ているか」

ほんの少し呆れたような声。だが不快な気分を感じる様な声の調子ではない。
ほっとした次の瞬間先程以上に心臓が不規則に踊りだす。

「少し……疲れた」

マリオンの肩に重みがかかる。温かくて大きくてそして大切にしたいものが躊躇いなく乗せられた。
あまりのことにどうしたらよいか戸惑うマリオンに規則的な呼吸の音が届いたのはそれからすぐ。
目を開けてみたい衝動に駆られながらも少しの気配にも敏感なシェルフィスを起こしてはいけないと自分の気持ちを何とか抑えた。

同じ刻を共に過ごせるようになった幸せ。
少しずつ歩み寄って行くことができた時間を隣に感じながらマリオンはじっくりと噛みしめたのだった。


                                                    6周年企画作品 テーマ:感情  驚愕 
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