約束の時 
     7



ルエンタール国―赤の森―

炎と水が猛烈な勢いでぶつかりあい、森は水蒸気に包まれていった。
爆発的な轟音の後、アルドラの森は一気に静寂へと移り変わってゆく。
剣を鞘に収めることはせずルディエラは視界を阻まれながらも声のした方へ身体を向けた。

「リュシィ……エール」

自分の頭の中に突如と沸いてきた名前を口に出して呟くと目の前にぼんやりと影が浮かびあがってくる。
ルディエラの目の前に一人の青年の姿が現れ、黙ってルディエラを見つめ返した。
透きとおった水のようでありながら薄い水色の髪と水色の瞳。まるで全てを見通してしまいそうな神秘の瞳は
ルディエラから視線を離さない。

「ようやく……会えた。現実のお前に。私は会えた」

リュシィエールが今の状況を半ば把握できていないような信じられないかのようにルディエラは感じられた。

「そう……あなたに会ったわ、夢で。夢の世界で何度も。あれはあなただった」

私は知っていた、あなたを。
でも、恐れていたのだ。これで自分がとんでもない方向に行くかもしれないことを。
だから無意識に心を閉ざして夢を忘れて知らない振りをしていた。

「私は卑怯だったのね。逃げてばかりであなたのことを何も考えていなかった。
 でももう決めたわ。私は自分から逃げない。あなたを受け入れることで変わることができるかもしれないから。
 だからお願い。私の力になって」

「私は今約束を果たすためにこうして眠りから目覚めた。お前の先祖、リディラとの約束を果たすために。
 誓えるか?お前の生が尽きるその時まで私と共にあることを。
 一度誓いを立てたなら普通の生活を送ることはできないかもしれない。
 それでもおまえは一生をかけて私の願いをかなえるために時を費やすことができるのか?
 もしできるというのならなら……私の力をお前に貸そう!
 私の使い手となりその力、お前の思うままに使うがいい! 私がお前を守ってみせる!!
さあ、呼べ!私の名を!!」

ルディエラは目を閉じ息を整えると覚悟を決めたようにゆっくりと目を開いた。

「私はあなたと共にいる。あなたの使い手となってみせる!!だから……私に力を!水竜の剣リュシィエール!!」

ルディエラを水が優しく包み込む。外的要因をよせつけない守りの水。
優しい守りの水は森を覆っていた水蒸気のカーテンを一瞬のうちに取り払った。

「おいっ!ルディエラ!聞こえたら返事をしろ!ルディエラ!!」

「ルディエラ、どこですかっ」

今まで見てきた夢の世界にいたような二人きりの空間から不意に今の状況を思い出される。
カルディスとルドシャーンの自分を呼ぶ声が姿と共に現実の世界としてルディエラの前に現れた。

「私はここよ!」

「ルディエラ!?」

私の姿を認めると二人が自分のもとへと走り寄ってきた。

「ルディエラ!よかった。無事だったんだな」

カルディスが私の首筋に顔を伏せ呟きながら抱きしめた両手に思いっきり力をこめる。

「ルディエラ、心配させないでください。私は荒事向きではありませんからね。
 あなたを見失ったときは自分の至らなさに怒りがきましたよ。本当によかった」

「ごめんなさい」

私を心から心配してくれていた。二人の気持ちがルディエラのかたくなだった心の一部を徐々に溶かしてくれる。

私は本当に自分勝手だったのね。知った振りばかりして何もわかっていなかった。周りを無視して、自分ばかりが突っ走って。
今なら私が認められなかったのもわかる。それでもそんな私を見捨てないでいてくれた。見守っていてくれた。

ありがとう、カルディス。ルドシャーン。
口に出してはまだ言えないけど感謝してる。

二人の気持ちが私の身体から力を抜かせる。ほっとした雰囲気がその場に広がろうとしたその時、
容赦のない声が降りかかってきた。

「まだ終わっていない!何をしている!事態に備えろ!!」

厳しく有無を言わせない口調。リュシィエールの声が解決したかのように思えたアルドラの森に
鋭く響き渡ったのであった。


                    *

「おい。こいつが例の?」

「うわぁ。感激です〜!期待はしていましたけど実際にお目にかかれるなんて。
 やっぱりあなたについていて正解でしたよ!」

リュシィエールへ対しての反応はやはりと言うかそれぞれに合った反応であった。

カルディスは敵意丸出し。ルドシャーンは喜々乱舞の浮かれ様。
目を爛々と輝かせ、あれではしばらくは他の事は考えられないに違いない。

「役立たずに用はない。邪魔にならないうちにさっさと帰れ」

しかし当の本人は火に油を注ぐような問題発言を二人に放つと後はまるきり関心を周囲への警戒へと移した。

「何だとっっ!!おいっ、おまえ」

カルディスがリュシィエールへの反論を試みたその時リュシィエールが片手を突き出した。

「来るぞ!!」

リュシィエールの声と同時に再び炎が地面から噴出する。

「どこからっ!?」

「そこだ!!」

リュシィエールが手に渦巻かせた水を炎へと思いっきりぶつけた。

バシィッ!

大きな音と共に炎は水の勢いで一瞬のうちに小さくなる。
そして、火の消え去ったその後には

「サラ……マンダー?」

火を操る力を持つとされる炎の精霊たるサラマンダーの姿があったのだった。


                   *

「なぜ人間に加担するのだ」

トカゲの姿を持つサラマンダーがリュシィエールを見上げるように小さな首を上げリュシィエールに問いかけた。
形(なり)は小さいが、小さくともその存在はれっきとした精霊の仲間である。
その力と威厳は気の弱いものであれば簡単に圧倒されとても普通に立ってはいられないだろう。

「おまえはなぜ森を焼き尽くそうとする?それに本来ならこんなところにいるのではないだろう?」

リュシィエールはサラマンダーへの警戒を保ちながら視線を下に向けた。

絡みあう視線と視線。

「なぜ?追いやられたのだ!人間どもに!私はただおとなしく日々を過ごしていただけなのに!」

サラマンダーの激高が辺りに響きわたる。

「私はここより一番近い火山の火口で暮らしていた。だがその火山も休む時を迎えることとなった。
 私は炎の中にいないと長くは生きられない。仕方なく炎と地下を利用しながら再び住める場所を探しに移動をしていた。
 今この世では自然に火は発生することはない。だから人間の熾す火を利用するしかなかった。
 それなのに、人間どもは私の姿を見るや否や私に危害を加えようとしたのだ!何もしていない私を!!」

サラマンダーの怒りからか周囲の空気が熱気を帯び、サラマンダー自身も体全体が赤みを増している。

「私は逃げてようやくここまでたどり着いたのだ。
静かな森の奥で身体を休めていただけなのにまた人間がやってきたのだ!」

「それでは人間を追い払うために森に火をつけたと言うのか?人間に危害を加えるつもりはなかったのだな?」

リュシィエールが静かに問いかける。

「ああ。何度も考えたのだがな。私にはできなかった。年をとると短気にはなっても面倒なことはなるべくさけたいのだよ」

話をして少し気が晴れたのか、皮膚の色が通常の状態の落ち着いた赤色へと戻ってゆく。

「そう言う訳だ」

リュシィエールがルディエラへと視線を向けながらポツリと呟く。

「そうか。イルディシャで熱病が流行ったから森に入る人が増えた」

「薬草を摘みにきた人が森を荒らす。そしてサラマンダーは住処を追われてアルドラの森へと移ってきた」

「つまりどっちも悪くないってことだ」

「あのねえっ。そんな簡単なことじゃないでしょ!?」

「いえ。簡単ですよ。要はサラマンダー氏の新しい住処を探してあげればいいのですよね!
 どちらにしてもここは本来の適した場所ではなさそうですし」

ルドシャーンのあまりにもあっけらかんとした意見にルディエラは一瞬言葉を失くす。

「どうする?」

リュシィエールがルディエラに静かに問いかけた。
ルディエラは少し考えるように空を仰ぐと思い切ったようにリュシィエールに視線をあわせた。

「あなたならサラマンダーを住むのに適した場所へ送ってあげられる?それとこの森を元に戻すことはできるの?」

「場所さえわかれば送ることは造作もない。しかし森を元に戻すことはできない。私にできるのは水の恵みを与えることだけだ」

「じゃあ出来る限りのことをお願い。
 今回のこの件は私達にも関係のあることで、考えなくてはならないこと。だからきちんと片をつけたいの」

「お前はそれでいいのだな」

「ええ。リュシィエール」

誰も悪くない。いいえ、本当は人間が悪いのかもしれない。
精霊はもともと自然の心の代弁でもある。それを私達は勝手に踏み込んでいるのだから。
今はこの方法しかないけど、いずれこんなことが起こることのないようにしたい。

ルディエラ、とルドシャーンの呼ぶ声にルディエラは我に返った。

「それでは私が場所を知っていますから彼に教えればいいですか?そんなに遠くはないと思いますけど」

「お願い……私も何かするの?」

「剣を構えて私と心を合わせて欲しい。剣に力をこめて送る媒介とする」

「わかったわ」

深呼吸をしてルディエラが剣を構えた。場所を聞き出し終わったリュシィエールがそのルディエラの背後へそっと立つ。

「それではいいか?」

「ああ。感謝する」

「ルディエラ!」

リュシィエールの名前を呼ぶ声と同時にルディエラはサラマンダーへの想いとリュシィエールと心を合わせることに
意識を集中させた。

二人の周りを清らかな水が覆う。そしてその水はやがてサラマンダーを包み込み剣から発した光と共に空へと上っていった。

「行ったな」

カルディスのほっとした声が耳元に聞こえたのが最後。緊張感から開放されたルディエラは泥のような眠気へと誘われるように
意識を手放したのであった。



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