約束の時
     6



熱気の立ち込めるその空間は今や緊張と沈黙が支配していた。

時間さえも止まるような不思議な感覚が身体中を駆け巡る。ルディエラは静かに鞘から剣を抜き放つと、
一呼吸おいて力強く地面に突き立てた。

ザクッ!!

沈黙の支配する中、剣を突き立てる音だけが響く。
これでいったい何が起こるのか、いや、本当に何かが起こるのかこの場にいる誰にも確証はない。
ただ信じるだけ。事態が変わることを動くことを信じるだけだ。他力本願と言われようがなんだろうが
とにかく何かが起こらないと何もすることができない。たとえそれが良いことではなかったとしても、だ。

「おい。何も起こらないぞ」

先程と変わらない様子に焦れたのか、カルディスが少し苛立った様子でルドシャーンに問いかける。
熱気ばかりがよりいっそう際立つように辺りに立ち込めたままだ。

「おかしいですね。水竜の力を封じ込めた剣なら大地に力が行渡ってなんらかの反応が出ると踏んだんですけど。
 やはりそう簡単には行きませんか」

「そんな中途半端な思いつきでやれって言ったのか!?はんっ。いいかげんだな。
 偉そうにごたくを言うだけが得意な奴って思い上がってて始末におけないぜ!!」

「あなたこそ何もせずに文句を言いたいだけ言って楽でいいですよね!そんなあなたをあの方が認めておられるなんてね。
 私からみれば疑問点がたっぷりですけど!!
 ああ、違いますね。あの方が買っておられるのはあなたのその口の回りの速さですか。それなら納得です」

「おまえこそ、勝手にベラベラと喋りやがって。誰に何と言われようと俺は別に誰かのために動いてるんじゃない。
  俺のしたいようにしているだけだ。それを何だかんだと他人にとやかく言われる覚えはない!」

ルディエラに言わせればどちらも自分勝手に言っていて問題ありだ。
後ろでまたもや始まった言い争いを頭の上で聞き流し、辺りの様子に気を配り、目の前の剣に自らの願いを注ぎ込むように
神経を集中させた。

「おいっ!」

二人のいい争いが止んだと思うと緊迫したカルディスの声がした。
その声にルディエラが振り返ろうとした途端―

ゴゴゴゴゴォ

地面全体が揺れ動くようなすさまじい音が辺りに響き渡った。

「なに!?」

「どうやらうまくいったようですね。気を付けてください!揺れますよ!!」

ルドシャーンの言葉通り、立っていられない程の揺れが足元をおそった。

何かがくる!

ルディエラが揺れに必死に耐えながら次なる事態に備えて辺りに目を配ったその時、
足元の地面が轟音と共に崩れルディエラの体は一瞬宙に浮かんだ。

「ルディエラ!!」

自分の体をかばうことなくカルディスがルディエラに向かって手を伸ばし、さらうように思いっきり
ルディエラの体を引っ張りこむ。

ズズズズズズ

地響きと共に先程までいた場所は深く大きく崩れぽっかりと穴が開いていた。
カルディスのとっさの助けがなければルディエラはその惨劇に巻き込まれていたに違いない。

「間一髪だな」

ほっとしたのか深く息を吐き出しながらルディエラを腕の中にギュッと抱え込む。
ルディエラはこの緊迫した最中に不思議な感覚に襲われていた。
悔しさのなかにほんの一混じりの安堵。
いつもならカルディスにかばわれるなんて悔しくて堪らないことなのに悔しいどころか何故か安心感で満たされている。

自分がしっかりしなければならない、自分がやり遂げてみせる。
いつの間にか自分で自分をがんじがらめにしていたのかもしれないけれどそんな自分を簡単には認められない。

私が今こんなにも弱くなっているのは気の迷いだ。カルディスに守ってもらえてうれしいなんて気持ちになるのは
自分自身を追い詰めているからだ。そうでなければこんな気持ちになるはずなんてない!

「離してっ!!」

自分の気持ちの変化を覚られないようにカルディスをあわてて突き飛ばした。
自分の迷いの気持ちの勢いのまま思いっきり突き飛ばされたカルディスの体は近くの燃え残った木に激突した。

「痛っ〜、痛いな。俺は助けただけなのにこんな仕打ちをされるなんて。
 そんなに俺の手を借りたくないのか?!こんな時くらいいいだろう?!」

そんなこと言われたって自分にだってこの気持ちがわからないんだから仕方ないじゃない!
カルディスをいとことしてじゃなくて他の男の人と同じようにみてしまったなんて私自身信じられないんだから。
そんな気持ち恥ずかしくて言えない。私の気持ちが心細かった、誰かの救いが欲しかったなんて!

「二人とも大丈夫ですか!?」

ルドシャーンの声にはっと我を取り戻すと気分を振り切るようにルディエラはあわてて立ち上がった。

「いったいなんなの」

「こんな所で転がってる暇はありませんよ。あちらのようです。行きますよ!」

「待って!」

もうすぐだ。もうすぐこの事件の糸口がつかめるかもしれない。

今しがた自分の中に浮かんだ感情を無理やり打ち消しながらその場に座り込んでいるカルディスを置き去りに
ルディエラはルドシャーンの後を追いかけた。
だが、自分の使命を果たすことに必死になっていたルディエラは残されたカルディスの顔に浮かんだ表情を見ることはなかった。


                       *

ルディエラがルドシャーンに追いついた時、辺りは一面の炎で包まれていた。

「近づくな!」

ルドシャーンの普段とは違う緊迫した声にルディエラは走ってきた足をあわてて止めた。

「これは!?」

「ええ。先程の場所と一緒ですよ。あそこもここのような現象が起きた結果でしょうね。
 しかし、これがどこから起きているかがわからないんです!」

ルドシャーンは炎から自分の体を遠ざけながら周囲に目を配っている。まるで生きているかのような炎の勢いに
どうすればよいのか考えあぐねているようだ。ルディエラも剣を構えると気配を探るように意識を集中させた。

「ルディエラ!」

遅れて追ってきたカルディスの声が背後から聞こえてくる。息を切らせながら立ち止まりカルディスはルディエラに目を向けた。

「静かに!」

ルドシャーンのカルディスを諫める声。だが今の緊迫した状況の中ではその声だけでなく先程の混乱した気持ちさえも
ルディエラにはまるで通り過ぎていく音の一つに過ぎなかった。

「ちっ!」

カルディスは普段からは想像も出来ないイライラとあせりの入り混じった舌打ちをすると鞘から剣を抜き放った。

ゴォォォォォォォ

炎は衰えることなく燃えさかり、3人の緊迫した状態は否応ともなく高まっていった。

炎は赤の森と言われる所以を別の意味であっという間に茶色の世界へと変えていく。その様子にルディエラの心の中が
その燃える炎のごとく燃えさかる。

私はなすすべもなく、ただ見ているしかできないのか?自分の無力さを後悔するのは今まで散々にしてきた。
私はまた同じことを繰り返すことしかできないの?

ルディエラが自分の心の中で葛藤を始めたその時、不意に頭の中に直接言葉が響きわたった。

(立ち去れ!!)

「な、なにっ!?」

(森を荒らしものどもよ。ここから即刻立ち去れ!)

怒りの混じった声と同時に炎が風に煽られたように荒れ狂った。

ゴオォォォォ

「うっ」

あまりの炎の勢いと熱で一瞬呼吸さえもが苦しくなる。目も開けていられない程の熱の中、右手がギュッと握られた。

「ルディエラ!こっちへ!!」

カルディスがルディエラを自分のもとへと引き寄せようと手を引こうとしたがそれはかなわなかった。
ルディエラの行く手を阻む炎がまるで意識をもった生き物のごとく二人の前に立ちはだかる。
そのあまりの勢いで二人の手は弾くように離れてしまった。

「ルディエラーッ!!」

「ルディエラ!?」

炎が障壁となりカルディスとルドシャーンの声が炎の勢いに消されルディエラにはほんのわずかの声しか届かない。
いやそうでなくともルディエラの意識は炎の熱気でもうろうとしていた。

身体中の力が抜けていく。膝が身体を保てなくなり、地面へと自分の身体が落ちて行くのをどこかはっきりと
意識しながらこの先を諦めかけている自分をわかっていた。

私もうすぐ死ぬの?こんな所で何もできずに?

責任さえも放棄するようで自分に腹が立つ。それでもこの状況が別の方向へと気持ちを向かわせていた。

ああ、もうどうでもいいわ……疲れた、何もかも。
いま、このまま楽になりたい。このまま楽に……。

何もできない無力な自分へのあきらめと苦しさが、楽な方へと意識を導いて行く。
何もかも忘れたい、このままどうなってもいいという気持ちに心が支配されようとしていた時、
ルディエラの身体全体に響くような声が伝わってきた。

あきらめるのか?おまえはここで認められず中途半端なままで終わりたいのか?
私は許さない!時を重ねたのは、目覚めを待ち望んでいたのはそんなおまえを待っていたのではない!

「声?」

ルディエラの呟きさえ無視してその声は意志の心の強さのままに伝え続ける。

おまえにはまだ力が残っている。それなのに諦めるのか?!
おまえが自分を取り戻したいと思うのなら私を呼べ!
私の力をおまえに与えよう!!ルディエラ!!

そうだ。まだ終わっていない。私はまだ何もしていないのにここで自分から終わることなどできない!!
諦めるばかりの自分には別れたはず。もう一度自分を、自分の力を取り戻したい。

その為には自然とわかっていた。
その声が何なのか、誰が自分を呼んでいたのかを!

(力を。力を貸して!私のために、そしてなによりもたくさんの人々のために!!
 お願い!!水竜の力の宿る剣よ!!)

「リュシィエール!!」

ルディエラは剣を天に振りかざすと心に浮かんできた名前を叫びながら剣を炎に向かって振り下ろした。

この瞬間、水竜の力の宿りし剣と言われた竜使の剣が再びこの世に甦ったのであった。



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