約束の時 
     




どうにも目覚めが悪い早朝。赤の森にでかけようと身支度を終えて食堂に入った所でがみたものは
二人の男達の言い争いだった。なまじ二人とも外見の見栄えがするだけにその低次元ともいえる言い争いは
自分が関係者になりたくないと思う位のある意味ですさまじく恥ずかしいものであった。昨日のごちゃごちゃした
感情だとか情報をすっきりさせるには一人で行動するのが良いし、なんにせよこの二人の揉め事には巻き込まれたくはない。

この機会に一人でとばかりにこっそり宿屋から抜け出そうとしたその途端。

!俺に黙って行こうなんてずるいぞ!」

「困りますね。これは私にとっても仕事なんですよ。黙って出て行かれては報告ができないじゃありませんか。
 まあプライベートとしてお誘いしてくださってもいいんですけどね」

と、目ざとくそれぞれが勝手なことを言いながら追いかけてきた。

(何でこういう時にだけ意見が合うのよっ。まったく!)

うまく行かなかった為に半ばやけになりながら心の中で悪態をつく。とにかくまともに相手にしてたら限がないし、
私は私の仕事をしないとまた変なペースに巻き込まれちゃう。だから無視よ、無視!

言い争いながら追いすがってくるカルディスとルドシャーンを振り切るようには赤の森へと急ぐのだった。


                  *

赤の森―アルドラ。ルエンタール国において最大の豊かな森。
森は深くイルディシャに住む者であっても年に数人は迷うものが出るという。
だが、同時に与えてくれる恵みも多いためにたとえ危険があろうとも森に入る者は後を絶たなかった。

そんな最中に例の出火事件だ。街の者にとっては自らの生計がかかっている。
薬草の採取などを行う者にとっては森に入れなくなることは仕事を失うことと同じことになってしまう。
また医者にとっても薬草が手に入らなくなってしまっては患者の命にかかわると言っても過言ではない。

(即刻、原因を追究し解決しなくては大変なことになる)

調査だけなどと言っている場合ではない。時間が命取りになることさえあるのだから急がなくては。

新たな決意を胸には森へと足を踏み入れたのだった。


                  *

「暑い」

森は異様な雰囲気が漂っていた。あまりの暑さのせいか植物は枯れ、木々の表面さえもひび割れカサカサした状態だ。
鳥のさえずりさえ聞こえず、もちろん動物達の気配すら感じられない。それにまるで蜃気楼が見えるかのように、
あまりの暑さのためか空気中に熱気がたまっていた。自分の目がおかしくなってしまったのかと疑うくらいに景色が
ゆがんで見える。

「なんだこれ。不思議な現象もあるもんだな。いったいどうなってるんだ?」

「暑さには辟易しますが虫がいないのは助かりますね。たいてい今頃追い払うのに必死ですから」

「そんなまずそうな奴に寄ってくるかよ。俺みたいに外も中身もいい男!にはじゃんじゃんくるけどな。
 身体に傷をつけないようにするのが大変なのさ。なんせ嫁入り前だから」

「ほお。あなたは女性だったのですか。それは失礼を。
 ですが一つ忠告をさせてください。あなたのこのままの性格では絶対無理ですよ」

「おまえ俺に喧嘩売ってるのか!!見ればわかるだろうが!冗談の一つもわからない奴は誰も寄ってきやしないぜ」

「あなたに言われる筋合いはありませんね。そんなふざけた言動をする人にこそ誰も寄って来ませんよ。だいたい……」

「いいかげんにして!!」

ただでさえ暑さでイライラしているところに後ろでごちゃごちゃとふざけた会話を繰り広げている。
しかも真面目に邪魔をしているとしか思えない。
は二人に向き直るとつとめて冷静になるよう自分に言い聞かせながら少々語気を荒めに吐き出した。

「ついてきたのはあなたたちの勝手だけど邪魔だけはしないで。これは自分のためだけに言っているのではないの。
 街の人たちが困っているのは知ってるでしょう?今の状況を考えて!!」

八つ当たり気味だとわかっていても言わずにはいられなかった。
現地に入ってみてわかったのは想像したよりも酷い現状。自分に課せられたのが思いのほかに重圧となってのしかかった。

「わかった」

「すみません」

そんなの気持ちを感じ取ったのか二人の口から素直に謝罪の言葉が出てくる。
少し愁傷過ぎる言葉に意外さを感じながらもは波立った自分の心を意識して落ち着かせるようにし、
ゆっくりと歩きだしたのだった。


                  *

おとなしくなった二人を引き連れる形では森の中心ともいえるポッカリとあいた空間へと足を踏み入れた。
周りは木々に囲まれているがその空間は更に壮絶なありさまだった。地面は焼け焦げた植物の残骸が散らばり、
その地面さえもまるで何かでえぐられたように深い穴があちこちに開いた状態だ。

「これはひどいわね」

焼け焦げた木々を悲しそうに見つめながらはそっと呟く。

「確かにな。これ程の広さなのに一気に焼き払ったように見える」

「これは人の手で焼き払ったようには見えませんね。この穴も掘ったにしては不自然ですし」

カルディスとルドシャーンもその残状のひどさに少しばかりショックを受けたようだ。
だけど人為的ではないとなるといったいなんだというのだろう。
この森は今回のことが起こるまでは特に問題はなかったはずだ。ただ少し前にイルディシャで熱病が流行り
薬草の需要が増えたために森への人の出入りが増えたということを除けば。

「おいっ、そこの補佐官!あんたこういうことを調べるのが専門なんだろう?これを見て何かわからないのか?」

「無茶を言わないでください。私は万能ではないのですから。見ただけではわかりませんよ」

「はんっ!やっぱり口だけか。やだね〜。言うことだけ偉そうに言ってわかりませんで済ませる。
 それで仕事って言えばいいんだから簡単だよな」

「聞き捨てなりませんね。いいでしょう。何か方法を考えて見ます」

傍観を決め込んでいたの前でルドシャーンは目をつぶり考えを巡らせるような体勢をとった。
こうして見ているとルドシャーンの優美な外見が際立って見える。あくまで見ているだけで終わらせておいたほうがよいのだが。

!」

目をゆっくりと開くと満面の笑みでに呼びかける。

「なに?」

「その剣です!竜使の剣を抜いて地面に突き立ててください」

「この剣を?」

「文献によるとリディラ様は不思議な現象に出会われた時には剣の力を借りていたそうです。
 この森の状態はまさにそれといってもいい。どんなことが起こるかはわかりませんが試してみてもいいのでは
 ないかと思うのですが」

「でもそれは剣の力を引き出せたからではないの?」

「不安なのはわかるけどとりあえずやってみろよ。

カルディスがを見ながら諭すように話しかけてきた。

その瞳は真摯で優しく輝いている。

もう。いつもはいいかげんで勝手でわがままなくせになんでこんなときだけ私の心を、私の不安を感じ取れるの?
女と見ればすぐこの手段を使っているんじゃないかしら?
……ううん、違う。私が認めたくないだけね。カルディスの優しさを。この剣のことを私は何も知らない。

父がどのような意図で私にこの剣を渡したのかはわからない。
でも今、私がこの剣を使ってみることで何かが起こるのかもしれないのならやってみるしかない。
怖れずに試してみるしか。

仕事だからだとか父を見返してやろうとか、そんなことは考えずに、ただ私にできることをやってみよう。
やってみて何も変わらないのならそれから考えればいい。
今はただ、行動するだけ。どんな事が起こるとしてもそれもまた時間のなかの流れの一つに過ぎないのだから。



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