約束の時
     
 



「まず私のことから話したほうがいいと思います。あなた方は何も知らされていないようですからね」

「あんたのことなんて関係ないだろう。名前だけ知っていれば十分だ」

余計なことは聞きたくもないとばかりにつっけんどんに言うカルディスに

「いいえ、そうはいかないんです。少し黙っていて頂けませんか」

ルドシャ−ンがキッパリした口調で言い返した。

そんなルドシャーンの態度に苛立ったカルディスは口を開きかけたが、意外なほどの彼の真剣な表情を見て取ると
黙ってそのまま椅子に座りジッと睨み付けた。カルディスの反論を封じ込めるとコホンと改まってルドシャーンがゆっくりと話し出す。

「私は、あなたの父上の補佐官を勤めています。補佐官ですから仕事の内容は多種多様です。
 しかしですね、実は趣味と仕事をかねてあなたのお父上から頼まれていることがありまして。
 それがあなたのその剣、竜使の剣と呼ばれる剣についての調査なのです」

「ちょっ、ちょっと待ってよ!あなたが父の補佐官?私、あなたのこと聞いたことないわよ!
 補佐官ならいくら家に来なくっても話の一つくらいでてもいいはずなのに。
 それにその竜使の剣?父上はその剣の事を知ってるのよね?
 でも私が貰うとき何も言わなかった。それなのにどうして今更その剣を」

言葉を放ちながらもの頭の中は混乱状態になっていた。人の意見を聞きもせず、相変わらず自分の思うままに事を運んでいく父に
対しての恨み言も次々と浮かんでは消えてゆく。自分をこの調査に送り出した時点で既にルドシャーンを自分の元へとやることは
決めていたというのか。それに自分の家の事くらい知っておけと言いながらもその存在を隠したり剣の事を話さないのはそれほどまでに
自分はまだ未熟で信用がならないと言うことなのだろうか。

私の力はまだその程度だと!

!落ち着いてください。あなたが私を知らなくても当然なんです。
 私は表の舞台ではなく裏、汚いことや極秘裏で済ませたいことなんかを専門で扱う補佐官なのですから」

「裏?あなたが?」

言外に疑うそぶりも見せて呟く。その意外性に混乱した気持ちよりもショッキングな気持ちが勝った。

こんなに目立つ男が間諜らしきこともするなんて父も思い切ったことをする。
秘密が秘密として機能しなくなるのではないのだろうか。

「疑われるのも仕方ありませんね。でもいつも目立っている訳ではないですよ。
 今回はあなたに気付いてもらうことが必要でしたしあなたの傍にいないと調査はできませんから」

「どうだかね、あんなヘボいまねしてよく勤まるもんさ。叔父上殿も大きい賭けをしてるよ」

「私の本職は尾行ではありません。あくまで研究や戦で言えば軍師的な役割なんですよ。
 ただあまり公にしたくないことが中心ですけれどね」 

馬鹿にしたようなカルディスに彼はさらりと返答をしてみせた。
立場が逆転しているようなその様子に隠されたルドシャーン自身が見えたような気がする。一筋縄でいかない、裏をもった顔の。
彼の言葉に巻き込まれた私達の姿を面白がるようにニコニコと笑顔で眺めている。そんなに年は変わらないようにみえるのに
身をおく環境でこんなにも違うのか。自分という存在に対しての認識と絶対的な自信が違うだけで。

だが実際そうなのだ。私は父から何も知らされていなかった。
今回のことも詳しいことは聞かされていない。
行けばわかる、その一言だけだった。
結局私は私としての役割を期待されていない。私は単に父の手駒に過ぎないのか。

女だからと言われるのが嫌だった。最初からだめだと言われるのが嫌で剥きになったりもした。
優秀ないとこに比べられるのもしょうがないとあきらめられるのも。
だから反発をした。周りに対しても自分自身にも。
こんなにも甘やかされていたことに気付かずに。



肩に置かれた手にギュッと力がこもる。自分の心の悩みをわかっているかのように。

「私の知っていることをお話します。大丈夫、落ち着きなさい」

うなだれかかっていた頭を意志の力で上へと上げ、意識をしっかりと踏みとどめた。

そうだ。今は悩んでいる時じゃない。

思いがけず優しい響きのする声を意外に思いながらもその声は張り詰めきった心身に溶け込んで行く。

「ちゃんと父上が話さなかったのには理由があるのですよ。

理由?あの父が?

信じられない思いを抱きながらとりあえず悩むことも後にしようとはルドシャーンの話に耳を傾けたのだった。


                    *

部屋の中の空気がピンと張り詰めきっている。二つの視線を浴びることを物ともせず、ルドシャーンはゆっくりと腰を下ろすと
顔を上げた。鋭い視線がを捕らえる。

。あなたはその剣がどういうものかご存知ですか」

静かながらも追及する言葉。真剣なルドシャーンの表情に少々気圧されながらもは口を開いた。

「私の家に代々伝わる竜使の剣と呼ばれるもの。始祖リディラがその剣を持ち込んだ伝説の剣。
 本当かどうかはわからないけれど剣の中には竜の魂が宿り魔物を倒すと言う。
 私が知っているのはそれだけ」

「今までに使ったことは?」

「ある訳ないでしょ。話は知っていたけれど実際に見たのは初めてだし。
 この剣は代々我がバロス家の当主が保管をしている。
 いくら血が繋がっていようとも当主の権限なくては手にすることはもちろん見ることすらできないものなの」

「なるほど。ならあの方の言っていたこともまんざら嘘のようではないですね。
 ふふふっ。これはますます興味がわいてきましたよ」

人に質問をしておきながら勝手に自己完結をしてほくそ笑むルドシャーンに一歩ひいて黙っていたカルディスが
苛立ちをぶつけた。

「何勝手に笑ってやがるんだよっ。説明するとか何とか言ってもったいぶってんなっ。
 知ってるんならさっさと言えっ」

「少しは黙って聞いていられないんですか。
 これだから短気な人は嫌なんですよ。辛抱ってもんがないんだから」

「なんだとっ!!」

「やめなさいよっっ」

ルドシャーンの襟首につかみかかったカルディスをは必死で離しにかかる。

「ルド。あなたもっ。わざと挑発するようなことはやめて。カルを試すのはまた機会を改めてやってちょうだい」

話をしながらも人の様子から視線を離さないその様は肉体派ではないとしながらも
油断なく裏の舞台で活躍しているという彼の姿を垣間見たような気がした。

「さすがよくわかっていらっしゃいますね。血は争えないというか……冗談ですよ。冗談。
 そんな恐い顔をしないで下さい。話しますから落ち着いて」

「さっきから落ち着いているわよ。あなたが先を進めないんでしょ」

「ちょっとあなた方を覗いて見たくなったと言うか、いたずらしたくなったと言うか。
 まあ、いいじゃないですか。……ああっ、だから落ち着いてっ!!」

私にも我慢の限界がある。しかもこれだけじらされるとじらされた分だけ怒りが増すって事を知らないんだろうか。
それに真剣だと思えばちゃかしたり。どうにも調子が狂ってやりにくいことこの上ない。

「すみませんでした。私としたことがつい。どうも気分が向上してしまっていけませんね。
 本物をこうして目の前にしただけで私の心はこうワクワクとしてくるのですよ」

「どっかネジが一本はずれてるんじゃないか、おまえ」

「失礼ですね。でもまあいいです。許しますよ。
 私はひょっとしたら奇跡の瞬間に立ち会えるのかもしれないのですからね」

「だから勝手に自己完結しないで。この剣の何があなたの目的なのかいいかげん言いなさいっ」

「すみません。本当興奮してしまって。つまりそれ程その剣は魅力的だって事です。
 その剣にまつわる話を聞いた限りではね」

剣にまつわる話?
私の知ることはほとんどない。
父も教えてくれなかった。一体何があると言うの?

「私も自分で調べただけですからはっきりとした事はわかりませんがその剣は選ばれた者にしか使うことはできない。
 と言いますか本来の力を発揮するのは選ばれた者だけ。しかも過去剣の使い手は名の残るほどの剣の名手となっている。
 ここ近年この剣は封印されていた。と言うことはですよ。この剣が使われることになれば歴史に名が残る。
 そればかりかその奇跡の力と瞬間に立ち会えることができるのですよっ。こんな素晴らしいことはありませんっ」

「あの……ルド。ちょっと聞きたいのだけれど」

「何ですか」

「今回その力が発動するかもしれないってこと?それにその力の具体的なことは」

「わかりません」

「は?」

「だからわからないんですよ。わかっているのは不思議な現象の事件が起きた時に剣の力は発動されているって事くらいで。
 だから私のそれを自分の目で確かめてみたいって思ったんです」

「おまえよくそれで研究だのなんだのって偉そうなことが言えるな」

小馬鹿にしたようなカルディスを無視しルドシャーンはにニッコリ微笑んだ。

「という訳で私は同行させて頂きます。あなたのお父上に報告をするという仕事でもありますし。
 その剣の力が発揮できるようにがんばりましょうね、

ブンブンとの両手をとって上下にふるルドシャーンの手をカルディスが奪い取るように離させた。
クラクラと目まいを感じるとは裏腹に後ろでは二人の低次元な言い争いが始まった。
今回父を見返してやろうと考えていたにとっては思いっきりの大誤算である。
いや、これこそ父の陰謀かと思えるほどの前途多難な始まりなのであった。



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