ヴァルアスの日常 
     警備隊編 3 罪悪感の日々



フィンドリアは月に支配される国だ。
明るさをもたらす白輝月、穏やかさを保つ淡黄月、そして災いをもたらす銀朱月。
これらの三つの月が二ヶ月で一巡りする。

警備隊が最も忙しくなるのは銀朱月の期間だが普段小さな事で済んでいるものが大きく
膨れ上がってしまうことが多い。人同士の争いも起こってはならないことだが人以外の力を持つもの、
魔物と呼ばれる者達が月の力を得て活性化し人を襲うようになる。通報を受けて駆けつけてからでは
事態は手遅れになることがほとんどの為、それを防ぐ為の見回りは優先重要事項だった。

深く朱い色は全てを惑わす色。その色が血の色で染められたと言われぬよう、
ヴァルアス達は今日も見回っていた。



                         *

「俺がここを食い止める。おまえ達は住民の避難を」

「隊長、大丈夫ですか」

「誰に向かって言っている。大丈夫だ。それより早く移動を」

「了解。でも本当に気をつけて下さいよ」

部下の声を聞きながら前から来るであろう魔物を待ち構えた。
森の木々は一部なぎ倒されたりしていたが人への危害はまだ無いようだ。
何とか間に合ったらしい。

「一体か」

木々の間から現れたのは人の背丈より一回りほどある魔物だった。
知能は極めて低いため純粋に破壊の為だけに行動するやっかいなものだ。
ヴァルアスを視界に入れた直後、迷わず襲い掛かってきた。

「すまない」

言葉と同時にヴァルアスの剣が振りかぶられる。
次の瞬間、魔物は襲おうとした手を振り上げたまま地面へと倒れ付した。

「はっ!まるで自分を斬ったかのようだな」

朱く染まる瞳が自嘲の光を浮かべる。
事態が終着へと辿りつき銀朱の月の夜でもこうして外へと出られるようになった。
自分の意志である程度力がコントロールできるようになった今、魔物との命のやり取りに違和感を覚えてしまう。
自分のもう一つの結末の姿を見ているようで心に痛みを感じるようになった。それまでは自分の姿を魔物に重ねて
その存在を消し去ってしまおうと必死だったのに。

「自分の命を、他の誰かの命を守るためだと思ってもそれは偽善にしか感じない。これは罪悪感なのか」

自分だけが助けられた命を抱えて生きていける。ひょっとしたら目の前の魔物の姿が自分だったのかもしれないのに。

運が良くて自分はどうにか命を絶たずにすんだ。それだけだ。

「俺はずっとこの気持ちを抱えて生き続けていかなければならないんだろうか」

本当は罪悪感を抱くことさえ間違っているのかもしれない。
それでも何の感情も想いもなく生きていくことはもっと辛すぎるから。

そんなヴァルアスに降り注ぐ月の光は変わらない銀朱色の光を放っている。
月を見つめるその瞳は光と同じように朱く染まり続けていたのだった。



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