ヴァルアス・ヴォルフガング編
              第二十一話



「結局、私の出番はなかったな」

せっかく待機していたのに、と珍しくブツブツと言っているサーシェスにヴァルアスは苦笑しながら答えた。

「悪かったな。でも出番がなくてよかったじゃないか」

サーシェスの出番があったら何事もなく五体満足でいられたのかどうかさだかではない。
自分の意識もが呼び戻してくれるまでは記憶になかったし、ガルヴァローズにしても半ば狂乱状態に
陥っていたため、どこまで暴走するのかわかったものではない。
そんな所へサーシェスが力を振るったりしたら……。

「屋敷ぐらいは吹っ飛んでいたかもな」

そうかもしれないと平然と言うサーシェスの顔にはどこか力が振るえなかったことに
不満が残っているようだった。

「しかし」

「なんだよ」

「大事には至らなかったにしろ、あの後の事後処理は大変だったんだ。
 屋敷にいた全員が負の気にやられて昏睡状態に陥っていたんだぞ。
 それを一人で回復させることにどれだけ骨が折れたことか。
 おまえ達はさっさと自分達の世界に入ってしまったからいいだろうがな」

表面上は恨めしそうに言うサーシェスも普段の彼とは違って、事態が無事に解決したことにどこか
ホッとしているようだった。

「だから悪かったって。俺だって自分の感情を持て余していたんだ。
 まさかあんなに自分が止められないなんて思わなかったんだよ」

が自分の守護者だったと言うことがあんなにも心に変化を及ぼすなんて思ってもいなかった。
今までは確信がなかったため、いくら好きだと言っても限度がきいていたんだと思う。
だが自分の心が、俺の中の血が守護者の存在を確信した途端、今までの事が嘘のように
歯止めが利かなくなってしまったのだ。

光を浴びて人間の姿に戻ったヴァルアスはが止めるのも聞かずに腰も折れん位に抱きしめ
息を継ぐ間もなく繰り返しキスをした。
が力を使い果たして気を失うまでずっとその体を離すことはなかった。
ガルヴァの存在すら忘れて夢中になるなんて自分でも思いもしなかったことだ。
サーシェスが連れてきた連中がガルヴァを連れていくまで気が付かないなんて初めてガルヴァから
本当の意味で解き放れた証拠だろう。

「それでガルヴァは?」

「ガルヴァローズの心も限界まできていたのだろうな。そんな状態でおまえとの力をまともにあびたんだ。
 正気でいられるはずもない」

「それじゃあ」

「もちろん普段のあいつとも違っていて発狂に近い状態だった。
 あのままでは本人にも、周りにとってもよいとは言えない。だから私の力を使った」

「おまえの?!」

「安心しろ。力といっても眠らせただけだ。
 その方がガルヴァローズの心を休めるためにもいいだろう。ただし、いつ目覚めるかわからないが……」

ガルヴァローズの心が回復をとげたときに自然と目覚める時がくるだろうとサーシェスが静かに告げた。

「そう……か」

本人にとっては幸せかもしれない。何も気にせず、何ものにも囚われず
全てを眠りへと委ねることができるのだから。



                       *

「もう、ヴァルアスやめて……」

「なんで?俺はおまえを離したくないからこうしているだけなのにそんなこと言うのか?
 、おまえだってそうじゃないのか」

「たとえそうだとしても恥ずかしいの!はぁっ、苦しいから……少し待って」

を抱きしめて次から次へとキスの嵐を降らせるヴァルアスに抗議の言葉を告げる息も絶え絶えだ。
少しの猶予も与えてくれないヴァルアスに文句を言おうにも頭がくらくらしてとても言えたものではなかった。

、見ろよ」

ヴァルアスの言葉に窓の外を仰ぎ見る。
そこに浮かぶのは銀朱の月。達にとっては光の月となった銀朱の月が静かに見守っていた。

、少し離れていてくれ」

が傍を離れると同時にヴァルアスの姿は狼へと変わりだす。
こうしてその様をみるのは初めてだったが少しも不自然さは感じられない。
彼にとって当たり前のことがにとっても当たり前の光景になっていくのだろうと不思議と
何のためらいもなく思えた。

「ふぅ」

「ヴァルアス」

の目の前にはいつもより幾分穏やかな表情をした狼の姿のヴァルアスがいる。
がソファに腰を下ろすとヴァルアスも隣へと移動し、ピッタリと寄り添った。

は俺が好きだって言ってくれたよな」

「なに、いきなり改まって」

「いいから。俺のこの姿も受け入れてくれて、好きだって言ってくれたんだよな」

「うん」

赤い瞳がの瞳と合わさる。
言葉がなくてもお互いに気持ちは一つなんだと、お互いが好きなんだと心から感じることができた。

「おまえが俺の所で働くのももう数日だ。それは覚えているか?」

「そういえば」

大変なことが起こりすぎて忘れかけていた。ヴァルアスの所で仕事をするのもあとほんの少し。
いくらこの先ヴァルアスと会うことができても一緒に仕事をすることはもうこれでないのかと思うと、
あれだけ大変だった訓練もできなくなるのが寂しく思える。

「それでさえ良ければ、と言うか俺としては絶対に了承して欲しいんだが、
 これからも俺と一緒に俺の傍にいて俺を助けてくれないか」

「それって、私……いていいの?ヴァルアスの傍にいつも、ずっと……?」

呟くように言ったの目の前でヴァルアスの心配そうな顔が一瞬で笑顔へと変わる。

「ってことは、いいのか?!これからも俺の傍にいてくれるのか?」

ヴァルアスの赤い瞳が輝き大きな舌がの頬をやめてと言うまで舐め続けた。

ヴァルアスは私が愛情と言う名の魔法をくれたのだと言った。
消えることのないお互いが必要な魔法だと。
いくらこれから困難が起きようと揺るぎない心の繋がりさえあれば乗り越えていくことができるだろう。
守護を受ける者と守護者という関係でなく、愛し愛する者としてお互いを大切にしていける。
だって私達は同じ心を持っているのだから。

行き着く先に必ず幸せが待っている!



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