未来への封印
2
赤みを帯びた長い金色の髪と茶色の瞳。現在のフェニキア家によく表れている色を持った女。
サイラスには見たくないものだった。
「あなたは戻りたいのですか?」
静かに問う声。本来なら連れ戻すために有無を言わさず拘束しようとするはずだがその意識は感じられない。
もし攻撃を仕掛けてくればサイラスでも無傷で防ぎきることはできないだろう。
女性であろうと子供であろうとその実力とは関係ない。追手として来たのならばそれなりの実力がなければ
向かわせることはしない。
四家の中でも一番力を重視する一族であるのだから。
「……戻らなくてもいいのか?」
「いいえ。戻ってもらわなくては困ります。でも今のあなたなら戻る資格はない」
「何?」
「そうではないのですか?あなたは自分で現実から逃げだした。力におびえ縛られることを良しとせず、
月に捕らわれることを拒否した。全てに怯え震え続け何をなせばいいのかさえわからない」
全てを見透かす瞳を持つとも言われるフェニキア一族。
死と生を知る故に心の奥に隠されたものさえ見抜いてしまうのかもしれない。
「でも……私もあなたにそんなことを言う資格はないでしょうね。私も逃げて来たようなものですから」
「おまえが?」
あまりにも静かに告げた言葉に一瞬耳を疑った。先程までは殺気さえ伴って自分を見据えていたのに
逃げるなどとはいったいどういうことなのだろう。
「私がどうしてここに来たと思いますか?」
「どうしてって四家の総意だろう?俺を連れ戻すようにと」
「確かにそうです。私達にとってはあなたは絶対と言える存在。
いえ、あなたと言うよりはサンフィールド家の当主が、ですね。
力ある者達の手綱をうまく御せる者がいなくてはならない。そうでないといつ自分の身が危なくなるか。
その為にもあなたが必要となる。それならば同じように力のある者が追った方がいいだろうと。
それで私が選ばれたのですが私になったのは……逃げないようにする為です」
口では逃げて来たと言っているが逃げるなどできないと、諦めているかのような弱く微笑む姿は鎖で
繋がれているように見えた。
自由なる翼を奪ってしまう一族、血と言う名の鎖。
見えない鎖は人の心など無視して一族という固執なものへと離れられないようにされているのだ。
「私は次期フェニキア家当主として選ばれましたが今までフェニキア家で女性の当主など現れたことが
ありませんでした。だから突然大きな力が現れ時期当主と言われ……私にはそんなことなど思いもよらなかった。
もちろん心構えなど何もあるはずもなく、ただ大きな力から逃れたいばかりで苦悩の日々を送るだけの毎日だった」
「聞かされたんだな」
当主となるべく者は莫大な力を内に抱え込んでいる。
一族により力の種類は異なるが他の者に比べその大きさは比べ物にならない。
使い方を誤ったりしたら一人だけで済む問題ではない。
そしてそれよりも本人の意思に関係なく暴走したとしたら食い止めるものがいる。
「それは俺しかいない」
「ええ。そう聞かされました。全てを上回る力を持つのはサンフィールド家の当主のみ。
私を救えるのはあなたしかないと」
「だが俺とておまえと同じで当主となったばかりだ。まだ何も為していない。
それに俺がこうして地を離れた意味を知っているのなら俺が戻ることはないかもしれないと考えなかったのか?
しかも俺だけでなく、おまえとともに」
「もちろんわかっていたようです。それ故に他の者を使わすことも考えていた。
だけど彼らは確信していたようです……月から逃れられないことを」
サンフィールド家の一番の呪縛は月だ。
他の一族も確かに縛られているが比べられないくらい束縛力が強い。
たとえ命尽きる時でも月の呪縛から逃れられない程に、この身に宿るものが月から離れさせてくれない。
本当はわかっていた。わかっていたんだ。月から、全てから逃げきれないことを。
「決意はついたのか」
「え?」
先程より幾分明るくなったであろう表情をに向けるとどこか戸惑ったような顔が見返してきた。
「自分を受け入れることを」
「……わかりません。でも受け入れるしかないことだけはわかっていました」
銀朱の月が浮かぶ限り終わることはない日々を受け入れる。
それは力と引き換えに与えられたもの。
どれほど苦しいのか辛いのか。最悪の時がくることがないように祈るしかない日々。
表を見るだけではわからないものを抱え生き続けて行く。
「でもあなたとなら大丈夫かもしれない」
「迷って逃げ出した俺でも?」
「だからです。何もない人は逆に信用しきれない」
力に溺れ、支配するだけの関係なら全てに飲み込まれ自分と言う自我が無くなってしまうだろう。
「銀朱の月が昇る前に戻らないとな」
逃れられないのなら受け入れるしかない。
ただ自分の意志さえしっかりと留めて果てしなく続く日々を。
「、俺は一人で全てをできるとは思っていない。こうして逃げることをしたくらい弱すぎるからな。
だがそれを誰かとともにできるなら少しはましになると思う。そして楽にも。
だから頼む。俺と共に俺を支えてくれるか」
まっすぐと見つめる瞳からは先程までの迷いが消え去っていた。
一人の意志で無理なら一人でなければいい。
他の一族の当主とも協力し合ってお互いが力に溺れないように。
銀朱の月の威力よりいっそう力があるように。
呪いが解けないのなら未来へと託す。
いつか来るであろう自由な身、その為にも。
苦しみながら歩いて行く。少しでも互いが幸福を掴めるように。
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