未来への封印
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剣を下ろすとサイラスは深く息を吐き出した。
汚れた血は拭いたはずだがその分を吸ってしまったかのように重みが増しているようだ。
それとも服に散った分が重みとなり体へと負担をかけているのだろうか。
どちらにせよ肉体的にも精神的にも疲れきっている。
このままぐすぐずしていると血のにおいを嗅ぎつけていつ魔物が来るとも言えないし今のこの状態では
とても防ぎきることなどできるはずがない。
ほんの少しの迷いを振り切り止めていた足を無理やり動かすと安全な場所を求め引きずるように歩きだした。



「ふうっ」

サイラスはがちがちになった体をゆっくりと回して解しながら地面へと腰を下ろした。

何とか月が出る前に今夜を過ごす場所を探すことができた。
淡黄月の時期とはいえもう半ばを過ぎている。銀朱月の影響がそろそろ出てきてもおかしくない。
念には念をいれ早めに対策を取ることが己の命を守ることでもある。今まで命に危険がある程のことが
なかったのはそのおかげだとも言えた。

それに運もよかったのだろう。だがそれもここまでかもしれない。
領地を出てから初めての銀朱月がもうすぐだ。魔物も月の影響を受け段々と活性化している。
自分一人の力ではそろそろ限界かもしれない。

「でも戻れない」

まだ決心がつかない。力を、人を、月を従えるなど。
未熟な自分ができるなどとは到底思えない。全てに挫けそうは心を抱えている自分には。
自分一人のことさえ守ることができないのに一族を月に囚われている者達を守るなんて。

だが運命は容赦なく引き寄せるだろう。抗いきれない過酷な波を。



                              *

「だれだっ」

風の音だけが響く森に異質な気配が潜んでいた。

先程までは何も感じられなかった。しかしたった今この場に来たと言った感じもない。
ならばわざとその気配を感じられるようにしたのだろう。
意志をもって行うのならば知性より本能で動いている魔物では考えられない。
人間である可能性が高いが人里離れたこのような場所ましてや夜も更けた時間にわざわざ
やってくるなどまっとうなものではない。

サイラスは静かに剣の柄に手を置くと躊躇なく一気に抜き放った。
剣圧で散る葉が風に乗って舞い踊る。と同時に潜んでいた気配が目の前へと降り立った。

「乱暴ですね」

笑いを含んだ声に責める意はない。
木々の間から照らす月の光が辺りを照らす。映し出されたものにサイラスは詰めていた息を解いた。

「俺を連れ戻しに来たのか」

会ったことはない。
だがその容姿と内に持つもので何者かは見当がついた。

「あなたには初めてお目にかかります。はじめまして。私の名は・フェニキア」


                                                   4周年記念作品
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