傷ついた瞳 
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両親と呼ばれる存在は物心ついた頃から傍にいなかった。
生きているのか、どこか別の場所にいるのか。一人寂しくしていたに誰も教えてくれることはなかった。

競争の激しい毎日を送り、能力の高い者が優れた者と見られる一族の中では関心のないことなどに
気を移す暇などなかったのだろう。
それでもその特殊な力が抜きんでていれば少しは違ったのかもしれない。
だがその力もなく、技術も平凡なを構おうなどと思う者はいなかった。

常に忘れられた存在。
フェニキア家にの居場所はなかった。

ただ何かを思い出したような時だけ呼ばれ、そこにいることを許される。
力のない者に価値はないと思い込まされ言われ続けたが自分の存在を消してしまいたいと
考えるようになるのに時間はかからなかった。
そんな鬱屈とした日々を過ごすを救ってくれたのがフォルトの存在だった。



                         *

「おまえがどこにいるのかは奴らは言わなかった。部外者である俺に簡単に言わないとは思ったが
 逆に部外者の俺だから何も知らない俺を利用するだろうとも考えていた。
 俺の条件はフェニキア家の者、というだけだからな」

「フォルト……」

「おまえだって知っていただろう?
 俺は奇跡の一族と言われるフェニキア家の力を求めに王の命により城から来た。
 おまえには辛いかもしれないが奴らの考えならおまえを城へと行かせるに決まっている。
 俺はそれ以外ないと思っていた」

フォルトの言葉に自然と体が震えてくる。

力こそフェニキア家の全て。だからこそ力のないが城へと行けば、フェニキア家の秘密を隠せ
力の損失もなくこの事項が無事解決する。それなのにそうすることすら無駄とでもいうのか。

「その価値もないほど私が邪魔だったの?
 私は一族のことを何もしゃべりはしないのに私の家を私がいると知って……魔物に襲わせた」

薬師であるフェニキア一族にとって薬や薬草で魔物の神経を蝕むことなど簡単だ。
精神力に長け力を持つ者が扱えば知能の少ない魔物をある程度操ることもできる。
朝の早い時間にしか咲くことのない花を求めて偶然今日は一人になってから住むことになった
場所を早くに出ていた。

そうでなかったら今頃。

「私の身体もこの家と同じように壊されていた」

俯いた顔を隠すように背中へと手が回された。
いつの間にか近づいていたフォルトが私を慰めるようにそっと抱きしめてくれる。



「魔物を襲わせるほどあの人達には私の存在は許せなかったのね」

力のない者はフェニキア家にいるのは許さないと、そう形で証明された。
信じたいと思っていたのは一人だけであの人達には力のない存在の行く末などどうでもよかったのだ。

「落ち着いたか」

泣き続け涙も涸れはて心が真っ白になってしまった頃、静かに掛けられた声。
ずっと抱きしめていてくれた手が肩をそっと叩き俯いた顔を上げさせ、涙の流れた跡を優しくそっとなぞった。

、おまえが思いきれない気持ちもわかるがここにいればまた同じことにならないとも言えない。
 というか確実にそうするだろう。
 おまえにとって俺は信じきれないかもしれないが……俺と一緒にこないか」

「……あなたと?」

間近から見るフォルトの視線は真剣だ。人の気持ちを信じきれないの気持ちをぐらつかせるほどに。
抱きしめられた身体は人のぬくもりを求めていた。ひとりで生きていけるほども強くない。
でも一歩を踏み出すことに挫けそうになる。心の奥に降り積もった信じることへの怯える気持ちが
フォルトを信じたいのにその壁を取り払えないでいる。

「私には何の力もない。今はそう言ってくれてもいずれ後悔するかもしれない。力がないから一族では不必要だった。
 ……私はもうどこにも行けないの。そんな人達の中からやっと離れて一人で進んで行こうと手に入れたものは
 こうして失ってしまった。私はもう一人になることが、失うことが怖くてたまらないわ」

言葉では構わない方がいいとしながらも心は求め続けている。

離れていかないで、捨てて行かないでと傷ついた瞳がフォルトを縋るように離さない。

「一人にしないさ。それにおまえが役に立たないなんてことはない。傷ついた俺を助けてくれたんだから」

「え?」

「おまえに会うことで俺も救われた。今は全てを話すことはできないが何を信じていいのかわからなかった俺を
 見てくれたのはおまえだよ、。他の誰がおまえを選ばなかったとしても俺が一緒に来て欲しいのはおまえなんだ」

何事もないようにくったくのない笑顔とともに手が差し出される。
一族のことを捨てたようで捨てきれていないをわかっているはずなのに黙って。

「一緒に行って、いいの?」

苦しみと悲しみを背負ってこの地から出る。
たとえ他の場所に行こうとも受けてきたものを忘れることはない。
いくら傷を負わされようとも心の一部はフェニキア家から離れることはなく、追い求めてしまうものもあるだろう。

それでもあの人達には私の存在はいらない。
私の存在はいらないのだ。

フォルトの瞳はしっかりとの瞳を受け止めてくれている。
静かにの決断を待って。

「一緒に行くわ。フォルト、王城に」

フェニキア家から見捨てられたとしてもフェニキアの名を持つ限りはこの先もずっと薬師だから。

生きているものを救う治療者。
フェニキア家から離れようともそれ以外の道を選ぶことができたとしても
薬師である私を捨てることはできないから。

「ありがとう。おまえの決断に感謝する。だが……行先は王城じゃない」

「王城じゃない?だってフォルトは城からの使いだって」

「あいつらにはそう言ったが正確じゃない。確かに王からの許可は頂いているが行き先は俺の家だ」

「フォルトの?」

「ああ、俺の家フォルス家の専属の薬師になってもらいたい。
 俺の家は男所帯だし軍人の家系だから怪我が多くて少しでも優秀な治療者に来てもらいたかったんだ。
 いずれ俺が家を継ぐこともあって俺専属の治療者を探していた」

「フォルト専属の治療者」

「贅沢だ、もっと戦功を立ててからにしろとか言われたが、逃してしまうかもしれないと思ったから。
 ずっと探していた、おまえ以外考えていなかった。やっと追いついたんだ、もう逃しはしない」

「私はそんなことを言ってもらえるほどの人間じゃないわ」

「俺はおまえに来て欲しいと思った。それだけだ。俺の我儘なんだよ」

「フォルト」

「さあ」

差し出されていた手をようやく握り返す。

「一緒に来てくれるな。行こう!」

「……うん」

は一度後ろを振り向き前に向き直るとその手を一度ギュッと握りしめた。
決して離されないようにきつくしっかりと。そんなの手を黙ってフォルトも握り返す。

うつむいていたの瞳から傷が消え去ることはない。
だが、その瞳は後ろを振り返ることなく前をしっかりと見つめていた。


                                                     3周年記念作品
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