あなたを想う幸せ 

          
   



誘われたのはほんの些細なことだった。
いつもより月の色が深みを増していたように感じられたために気になったのかもしれない。
何にせよ、山積みの仕事を放って置くなどという、当主としてあるまじき行為をしてでも足はそちらへと向かっていた。

「不思議だ」

己の中に潜むものが暴れることにあんなにも嫌気がさしていたのに、穏やかとも言える気持ちが少なくともあるなんてあの頃の自分からは
考えられないだろう。
全てを乗り越えられたあのとき、生き続けて、生きながらえてもいいのだと思えたことは未だ心から消えさることはない。
そして自らの命に代えても守りたいと思えるものも。
一族の重みに押しつぶされそうになっていたことに気が付いて手を差し伸べてくれた人が初めてだったからだけじゃない。
心の底から欲していたものは与えられるものではなく、与えたいと思うことだったから。
たとえ、それが望むことではなかったとしても相手のことを想うなら構わなかった。笑顔を向けてくれるのなら何にも代えがたいことだった。

「フレイア、君は俺の全てだから」

きっと君はそんな俺を諫めるだろう。だが、それさえもうれしい。そう思える。
また、二人で歩きたい。君との本当の意味での始まりの場所で。



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