とっておき



粉に木の実に干し果実。油と果汁にほんの少しの甘さを添えて。きちんと丁寧に手を掛けてあげれば焼き菓子の種の出来上がり。
かまどに火をおこして一口大の種を丸めて手でそっと押しつぶしたものを天板の上に並べかまどに乗せて注意深く火を見守れば
あとは焼きあがるのを待つだけ。

「ん〜、いい匂い」

焼きあがった菓子から香ばしい匂いが立ち上る。程よく色づいた出来立ての一つを手に取ると試食とばかりに頬張った。

「熱っ、でもこれなら上出来!」

優しい甘さとざくっとした歯ごたえにもう一つと手が伸びそうになる。初めて作ったものだったがこれなら材料を変えたりして
いろいろと味を楽しめるだろう。自然とほころぶ顔を軽く打つことによって引き締めるとミルフィーンはまもなく来るお茶の時間に
向けて入念な準備を始めだした。

「ミルフィーン、いる?」

軽やかな声と扉を叩く音が茶葉を選んでいたミルフィーンへと掛けられた。

「お疲れさま、どうぞ入って」

棚から選んだ容器を机の上に置くと声の主を部屋へ入ってくるようにと招く。匂いに魅かれてきた訳ではないだろうに
時間を合わせたようにきたランドルフに思わず笑みがこぼれた。

「これが今日のおやつ?」

「ええ。今焼けたところなの。いい匂いでしょう」

「おいしそうだな」

言いながら伸ばされたランドルフの手は寸での所で宙を切る。驚きに目を見張る顔はまるで子供のようだ。
しかし直ぐ我を取り戻すと皿を取り上げたミルフィーンへと詰め寄った。

「どうして意地悪するんだっ」

「ちゃんと仕事は終わらせてきたの?」

そんなランドルフに動じることなく冷静に切り返した幼馴染に勢いづいた言葉が止まる。
視線をあちこちに彷徨わせ始めた姿にミルフィーンは大きく肩を落とした。

「やっぱり……大変なのはわかるけれど最後までやらなくちゃだめでしょう」

「今日はずっと仕事だったし一区切りついたから休もうかなと思ったんだ。それにちょうどいい匂いがしてきたから」

執務室からずいぶんと離れた場所にあるこの部屋から匂いが届く訳はない。と言うことは最初から目的地と決めて
やってきたのだろう。
問い詰めると案の定ミルフィーンがお菓子を作っていると思ったからきたんだと答える。
ばつの悪そうに話すランドルフの姿は幼い頃からずっと見慣れた変わらないものだった。

「部屋に戻ればお菓子を用意してあるんじゃない?」

「俺はミルフィーンの作ったものが食べたいんだ。いつもマリオンばっかり食べてずるいだろう!」

大人であろうと常に気を張っていたランドルフのかわいらしい主張。己の欲求を最優先する我儘とも言える言い分に思わず噴き出した。
お互いがそれぞれの仕事をするようになって立場とか周りのことなんかを考えなくてはいけなくなってしまったから少し距離を置くように
なってしまった所もあったけれどこんな所は変わらない。
いつまでもランドルフはランドルフだって。ちゃんと二人で過ごした時間に見せてくれた姿が残っている。

それとも食欲は何よりも優先するのだろうか。

「心配しなくても取ってあるから」

笑い続けるミルフィーンを少し不貞腐れたように見ていたランドルフの顔が一言で笑顔に戻る。

そんな表情も見ていたいからついからかってしまうのは本人には内緒。

用意されていたカップの数に気が付かないランドルフに再び笑みをこぼしながらお湯を沸かし始めたのだった。


                                           6周年企画 テーマ:感情  笑顔 
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