ただ一つを 



「あの……シェルフィス、明日少し時間が取れるかしら」

遠慮がちに話しかけてきた相手に纏めていた書類の手を置くとゆっくりと視線を向けた。緊張しているのか、肩が小さく揺れる。
普通の相手なら自分と向き合うだけでぎこちなくなり視線を合わせないのだが、目の前の少女は決して視線を逸らしたりはしない。
真正面から受け止め、そして言葉を返す。初めて会った時から変わらない。震えながらも憎しみの感情さえ受け入れてくれたのに
今更何を緊張することがあるのだろうか。

「何かあるのか」

「あ、何かって訳じゃないんだけど外にでも出てみないかなって」

「外?街にそんな簡単に出かけられるのか」

何しろこの国の王女だ。もちろん護衛はつくだろうが何の用もなく出られるものではないし、いくら安全な国であるとはいえ危険が
ないとは限らない。ましてや自分を狙ってくる輩は昔も今も掃いて捨てるほどいる。自分が狙われるだけならまだしも、少女の正体が
ばれて利用され取引の材料ともなれば、共に命を落としかねない。
頭が良く、覚い彼女ならそれくらいわかっているはずだ。それなのに何故こんなに簡単にも言ってくるのだろう。

「レイアに付いてもらうつもり……お兄様には以前にお話をした時に許可を頂いたから」

「明日だと言ってあるのか?」

「日ははっきり言っていなかったからこれからお話するわ」

つまりシェルフィスの返事を聞いてから話す予定だったのだろう。自分を優先してくれたのだろうが、仮にも国の上に立つ者の予定を覆してまでとは
意志に反する。
しかしそうまでしてまで自分と出かけたいほどの所とはどこなのだろうか。

「明日の予定はいつもと変わらない」

「じゃあ……」

「だが、明日は駄目だ」

どうしてなのか、と問いかける視線にシェルフィスは静かに口を開いた。

「俺の予定を考えてくれたことはいいが、お前の兄の予定をきちんと自分でも把握していたか?
 大丈夫だからと言葉に甘えてしまっていたのではどこかで無理をさせてしまっていたのかもしれない。
 まず確実に予定を聞いて護衛に付いてもらう者にも支障がないようにしてから俺に聞くべきだった」

若干諭すように言ってしまったことを苦く思いながらマリオンを見ると思い切り肩が落ちていた。

「ごめんなさい、でもそうね。ありがとう」

シェルフィスの言葉にダメージを受けながらも、きちんと礼を言える所がマリオンらしい。
引き寄せられるように頭に手を載せゆっくりと撫でると強張っていた表情が少しほぐれる。
マリオンの視線に気付いたシェルフィスが視線を合わせると、どうしての形になった口に自然と小さく笑った。

「俺のことを考えてくれたから。仕事が詰まって疲れていたのも考慮してくれたからな」

「あ、え、いいえ、そうじゃなくて、私が教えて欲しいことがあったから。外にあるものだったから
 直接その場に行った方がいいかなって思って……」

しどろもどろになった答えが必ずしもそれだけではないことを物語っている。シェルフィスが出した答えが正解と言っていいだろう。
若干顔が赤く染まっているように見えるのは自分の様子に恥ずかしさを感じたの、。
顔を見てずるいとか小さく呟かれたように聞こえたが、何のことかわからない。
だが、そんな様子も可愛らしいと思う感情がそのまま頭に乗った手に表れているのだろうか。
大切に優しく包み込みたいと、いつまでもこうしていたいと思う。
あれだけ負の感情しかなかった自分が愛おしいと思えるものに出会ったことを幸せだと感じられるようになった。決して弱くなったのではない。
大切だと思えるものに出会ったことで強くなり、そんな自分を許せるようになったのは、すべてただ一つのものを守りたいから。
誰よりも何よりも大切なものを。



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