シークレット・ポイズン
            後編  



その名前を聞いた瞬間、息をのむ音や小さな悲鳴のような声があちこちで発せられた。

名前と同じ効力を持つ死をもたらす女。

「あんたがあのカディス?あの……」

「どんな噂を聞いたのかはあえて聞かないわ。あんまりいいことじゃないのは決まっているし。
 でもわかったでしょう?私がどうして自分のことを自分から言わないのか」

カディス・ポイズン。凄腕の女傭兵。

狙った獲物は逃さない。
例え命が助かったとしてもその者は恐ろしさのあまり女の情報にさえ口を閉ざす。
それ故に女の華々しい活躍とは裏腹に恐ろしいほど何も女の情報は流れていない。

でもそれなら尚更

「どうして俺と組もうなどと?あんたは自分一人でも十分やっていけるんだろう?
 それなのに今更俺と……」

「あなたにそう思われるのは光栄ね。
 本当は私だってできるなら一人の方が自分の思うとおりにできるからその方がいいわよ。
 でももうそろそろ限界がきたのを認めないことにはいかないし」

もちろんほんの一部でしかないことはわかっていたが、それでも実力がどれくらいであるかは大体図れる。
それなのにこれがすべてではないとし、それでいてそろそろ限界を迎えていると言う。
深くため息をつくカディスに俺は内心驚き、思わず問い返していた。

「限界?この俺を簡単にあしらえそうなのに?」

「それ嫌味?どんな意味含んでいるかまでは聞かないけどまあいいわ。
 私も年齢を考えるとね。今の力のままやれるのももって5年ってとこかしら。
 女は損よね。体力的に男より先にピークが来るの」

だから一緒に組める有名所をつついて試していたってわけ。
と言うカディスはいつの間にか最初に話しかけてきた時の気配に戻し、首に当てた短剣の手も引いていた。
あまりにも自然すぎて気付かなかったゼグドゥは己を頭の中で叱咤した。

「……それで俺が残ったというわけか」

「まあそういうことね。
 あなた性格も悪くなさそうだし、結構気が合いそうだわ。
 それにピッタリじゃない」

「?」

「あなたと私。
 あなたの名前 ゼグドゥ・ヒーラーと私 カディス・ポイズン。最高よね」

いったいどこが最高だというのだろうか。

もし名前が人の本質を現しているところもあると言う口ぶりを受け止めるのなら
俺の役目は振りまかれる毒を癒し続けなければならないとでも言いたいのか。
見た目は無害そうでいて、あたれば一瞬であの世へと足を踏み入れそうな強烈な毒を。

冗談じゃない。そんな面倒なことは御免こうむりたい。
だがこの女がかすかに漏れてくる噂通りだとしたらきっとどれだけ逃げても追い続けてくるのだろう。
そう簡単に逃れることはできないと認めざるを得ない。
実際本人を前にしてその実力の片鱗を肌で感じたのだから。

だが追って追われての関係を築くのも今すぐではない。
だったらその毒から防御できる方法をあと少しの猶予期限の間に開発すればいい。
もちろんそんなことを心の底から認めているわけではないが。
このぶっそうな女から逃れられる可能性は少ないかもしれない。
しかし、決まってもいないこれから先を自分で決め付けてしまってはそれを全面的に受け入れて
一生そのことを後悔しながら生き続けることになるだろう。

完全不可能でないのならあがけばいい。
毒に効く特効薬を考えるとか、毒自体を受け付けないようにしてしまうとか。
時間は短くも長くもある。
魅入られた女の瞳を振り切ることは容易ではないがそれに対抗するのも悪くない。
所詮しがない決められた人生を送るなら少しくらい危険で甘い人生を選ぶのもいいものかもしれないな。

俺は全てから逃げ切って見せるさ。

ゼグドゥは隣に座るカディスへと自分でも気がつかなかった少々強張った頬を緩め、薄く微笑んだ。



どこでどう繋がっているのかわからないたくさんの出会い。
幸か不幸か。この時を経てゼグドゥ・ヒーラーへの依頼は今まで以上に増し、実力も今までとは
比べ物にならない位飛躍的にアップするのを本人はまだ知るよしもない。



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