想いの交差 



自分の気持ちがわからない。
どうして彼を好きになったんだろう。どうして他の誰かではいけなかったんだろう。
いつの間にか好きという気持ちの意味が変わって見ているだけで苦しくなった。

彼じゃない人を好きになればもっと楽になれる。
そう思わずにはいられないほど彼が好き過ぎておかしくなってしまいそうだった。



                        *

「本当信じられないっ」

声と共に大きな音を立てて扉を開くと勢いよく部屋へと入る。
気持ちが治まらないのだろう。ソファには座らずそのまま部屋を行ったり来たりしているし顔は仏頂面のままだ。
ミルフィーンはそんなマリオンに近付くと肩をそっと抱いてソファへと座るよう促した。

「ミルフィーン」

声を出したことで頑ななまでに貫いていた意志が緩んだのか泣きそうな顔でミルフィーンを見上げる。
頼り気ない、心細そうな表情は普段のしっかりした彼女とは違って年相応に感じられた。

「マリオン」

彼女がこんな表情をする理由はわかっている。
自分のことじゃないじゃないことでこんなに苦しんで欲しくないのに。

「ミルフィーンだって心配でしょう?!いくら仕事だからって、あそこまでしなくたっていいのにっ」

「……でもやらなくてはいけないことだから……」

「だって、仕事には関係ないことじゃない。それなのに……あんな態度をしていたら向こうが誤解をしかねない」

平気じゃない。平気じゃないから逃げ出した。
見ていたくないから他にやることだってあるのにこの部屋から一歩も出られない。

今日集まっている方々は国の重要な役目についている人ばかり。
いくら王族と言えど、そんな人達の気持ちを損ねるようなことは得策ではない。
無理難題を言ってきたとしてもすぐに断わることなんてできはしない。
だから……その方々が自分の娘達がランドルフとの婚姻の話を持ちかけてきても無碍な態度を取ることができないことも
彼はわかっている。

でも、気持ちは割り切れるものじゃない。
仕方がないことだとわかっていても、貴族のご息女達に笑顔を向けるランドルフを見ていることはできなかった。

「カーク兄上だったら絶対にそんなことはしないのに」

マリオンの呟きが胸に響く。

「ランドルフお兄様よりカーク兄上との方がきっと」

その言葉にミルフィーンは黙って瞳を閉じた。



                   *

「ミルフィーン」

ランドルフの呼ぶ声にミルフィーンは立ち止まり振り向いた。

どうやら追いかけてきたらしい。
先程視界の隅にランドルフの姿が映ったのは判っていたが知らない振りをしてミルフィーンはそのまま歩いてきていた。

「カーク兄上と一緒にいただろう」

詰問するような厳しい声。感情が表に出やすいランドルフではあったが余程の理由がない限り人前で声を荒げたり
態度を出すことはない。自分の家族や彼が気を許している者の前ではそんなことはなかったが、それでも最近は
自分で気をつけようとしているのか誰に対してもあからさまになることはなかったのに。

「何かあったの?」

抑え切れないほどの何かがあったのだろうか。表情も強張っていて全身から緊張感が伝わってくる。
そんなランドルフが気になって問いかけたミルフィーンに構わず、ランドルフはいきなり肩を乱暴に掴んだ。

「いたっ」

ものすごい力だ。痛みに一瞬気が遠くなる。

「ラン…ドル…フ」

痛みのあまりかすれた声しかでない。だが、どうやらランドルフには届いたらしい。
我に返ったように手を離すとそのまま顔を覆った。

「すまない」

震えた息と体から感情の強さが伝わってくる。
肩の痛みが堪えきれない気持ちを受け止めているようで苦しかった。

「でもミルフィーンが悪い」

「え……?」

「カーク兄上と一緒に隣に並んで笑っているなんてミルフィーンが悪い。
 俺がいるのに気がついていたくせに俺のところに来ないなんて。
 カーク兄上はいつも忙しいんだ。兄上の邪魔にならないようにしなくてはならないだろう!」

ランドルフの言葉に胸が痛くなる。
悪いことなんてしていないってわかっているのに辛くて苦しくて、許してもらえるなら謝ってしまえばいいって思えてしまう。

「ミルフィーン、何で何も言わないっ」

「カーク様の邪魔をしているのは事実だから」

「それでも俺が理不尽なことを言っているってわかっているだろう?!
 だったら俺に怒ればいいっ。俺を責めればいいのに何で黙っている」

「責めるなんて……」

「ミルフィーンは兄上といる方がいいだろう?こんな滅茶苦茶を言っておまえを困らせる俺なんかより」

「ランドルフッ!!」

強い言葉で遮る。自分を卑下するランドルフが悲しかった。
ランドルフがカーク様に劣等感を抱いているのは知っていた。
それでもカーク様はカーク様でランドルフはランドルフだから好きなのって言った時にはうれしそうに微笑んでいたのに。

でも、これは劣等感とかじゃない。そんな風には聞こえない。そんなんじゃなくて

「私がカーク様と一緒にいるのが嫌だったの?」

それは焼きもち?

「おまえは兄上といる方が笑顔が多い。
 俺は嫌でも仕事だからお前以外の女性とも話をしなくてはならない。そんな俺をおまえが見ているのは嫌だから
 おまえが見ているとおまえがその場から離れるような態度をしてしまう。
 そんな俺は最低だってわかっているけれどおまえが苦しむのが嫌でどうしたらいいのかわからなくなる。
 それなのにおまえは俺から離れて兄上の所へ行ってしまうから」

わかっていてもやってしまうことがある。わざと、相手が苦しんでもいいと思ってしまうほどの耐え切れない想いから。

「あなたが他の女性といるのが嫌だった。仕事だとわかっていても。
 ……カーク様にはお話を聞いて頂いていただけ。あの方には好きな方がいる。
 それに昔から私には頼りになるお兄様としか思えないの」

本当はあまりの苦しみからカーク様へと気持ちを変えることができたらと思ってしまったことはあるけれど。

「ミルフィーン」

「私の方が責められなくちゃいけない。だってあなたを見ているのが辛いからカーク様に頼ってしまったんだもの」

辛くて耐えられなくて逃げ出した。慰めてもらえる人の所に。そして少しはランドルフが気にかけてくれるだろうかって
そんな気持ちも含めて。卑怯だってわかっていたけどあなたの気持ちを改めて信じたかったから。

「お互いが不安で苦しくて辛かった。でもそれはお互いの気持ちが強すぎて耐えられなかったから抑えることができなかった」

「言葉に出すことは怖いけれど出さないとわからないこともある。
 不安に押しつぶされそうになって自分の気持ちから外れたことをしたくなる。だから……」

「ミルフィーン。辛いと思うけれど俺を見ていてくれるか」

「私が不安にならないような言葉をくれる?」

「俺が辿り着くところはミルフィーン、おまえだ」

互いの手が伸び抱きしめあう。不安な気持ちを押さえ、想いが一つになるように。
なにものにも惑わされぬように。いつまでも同じ想いを抱きしめていけるように強く。

好きでいるのに理由なんていらないから。



back   novel