内緒にしてね
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「フレイアさん」

突然かけられた声に背中がビクッと跳ねた。
予期せぬことに大切に両手に持っていたものを落としてしまう。
振り向いてみるとそこにいたのは申し訳なさそうな顔をしたイグニスさんだった。

「すみません。びっくりさせてしまいましたね。大丈夫ですか?」

落としたものを拾ってくれようとしたけれどまずい。イグニスさんには見られたくない。
慌てて拾おうとしたけれどその前に彼の手に渡ってしまった。

「これは」

「ありがとうございますっ」

深めの緑の布は柔らかで手触りは良いだろう。だがあまりにもいびつで手作りというのが見ただけで
わかる。恥ずかしさで自分の顔が赤くなるのを感じながら返して欲しくて両手を差し出したがイグニスさんは
返してくれるどころか持っていた布を自分の後ろへと引っ込めてしまった。

「イグニスさん!?」

普段ならこんなことをするような人ではない。訳がわからなくて戸惑っていた私の前でゆっくりと息が吐き出された。

「すみません。大人気ない事をしましたね」

バツが悪そうな顔をしながらもちゃんと返してくれたがどうしたんだろう。

「それはリュークエルトにですか」

もうすぐ彼の誕生日。感謝の気持ちも込めて自分で作ってみようと屋敷のメイドさんに織物を教えてもらった。
遅くまで仕事が大変だから寒くないようにと作ったストール。瞳に合わせて緑色にしてみたけれどそれで
わかったのだろうか。考え込んでいた所へぽつんと言葉が飛び込んだ。

「そんなに困りますか?いっそリュークエルトに教えてしまいましょうか」

「イグニスさん、お願いですっ!リュークさまには内緒で!!」

必死に言う私は相当焦った顔をしていたんだろう。そんな私にイグニスさんは苦笑を浮かべた。

「もちろん内緒にします。誕生日前から機嫌のよい彼の顔は私もみたくありませんから。
 ……意地悪をしてしまいましたね。でもそれはあなたも悪いんですよ」

「私が悪い?どうして?!」

「だって……あなたを好きなのは彼だけではないことを知っているでしょう?
 それなのに彼に手作りのものを渡すなんて私が心中穏やかでいられる訳ありません」

背けられた顔はほんのりと赤い。

それって……嫉妬?普段冷静なイグニスさんが?!

感情を垣間見せてくれるようになったことに自然と嬉しくなってくる。
まだ遠慮を捨てきれない彼の心が変わってきたのだと。そして私達の関係も。

ごめんなさい。当分はあなたを苦しめることになってしまう。でも今は内緒にさせて下さい。

私自身の気持ちもあなたへの気持ちも。
リュークさまよりほんの少し後に来る誕生日に手作りのプレゼントがあるってことも。



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