認められた想い
認められたい。ずっとそう思っていた。城に勤め出して目標だった人に近付いてからは余計に。
小さな頃から強くなりたいとそれだけを思い、そしてそのきっかけとなる護衛官への道を歩んだ。
決して平坦な道ではなかったけれど自分の気持ちを信じて突き進んできたからここまで来れたのだろう。
あの人に憧れている者は私以外にもたくさんいた。護衛官になれたのだからといって自分の望む部署に
配属されるとは限らない。それが幸運にもあの人の隊に入ることが出来た。
うれしくて舞い上がって今まで以上に仕事に力を入れるようになったけれどその幸せに水を差す者の存在が
私を苦しめていた。
私の憧れの人ガウルが心酔して止まない人、この国の第一王子カーク・セサルディ、彼の存在が。
*
「レイアッ」
緊張感の欠片もない声が背後からかかる。
確かにここは城内であるとはいえ建物外部の城門にも近い場所だ。
関係者以外の者も入ろうと思えば入ることができるだろう。
いくら門を守る警備の者がいたとしてもいくらでも誤魔化すことはできるし、隙を突けば今のこの国での進入は
簡単であるだろうから。逆をかえせばそれだけこの国が平和である証拠かもしれないが。
そうした危険を伴う場所であるにも関わらず、命を狙われ兼ねない何人かの一人がそう軽々とこんな場所に現れるのは
いかがなものだろうか。レイアはイライラした気持ちを必死で抑えながら足を止め背後へと向きを変えた。
「カーク様、ガウル隊長はどちらに?」
いつも傍にいるはずの姿がない。責任感の強い隊長が勝手に離れるはずはないのだが。
そんな気持ちが顔に出ていたのだろうか。カークは顔を横に向けるとボソッと呟くように言った。
「ガウルは王に呼ばれたよ。その間他の者に俺を警護を頼んでいった」
「傍にいないということはまた撒かれたんですね」
目の前の人物が上に立つものとしての責任感や人柄などは持ち合わせていることをレイアとて否定しない。
それなのにこの王子は時に自らの立場をわかっていて困った行動をしてこちらの見直しかけた意識を
取り払ってしまうのだ。
「カーク様、警護の者はあなたをお守りする為にお傍にいるのです。それはあなたもわかっているでしょう?
どうして一人で行動しようとなさるんですか!」
侵入者がいるとかいないとか関係ない。
自分も含めて護衛官たる者は誰かを護衛することを第一の目的としている。
それなのにそれを拒否するように撒こうとするなんていったい何を考えているのか。
「俺に撒かれるなんて注意力が散漫だし警護の仕方に問題がある。それこそもう一度鍛えなおさないと意味がない」
「あなたは……っ!!」
なんて傲慢な言い方。たとえ本当のことだとしても護衛につく者は真剣に取り組んでいるのだ。
それを否定するような言い方は許せない。
「あなただって同じです。自分ひとりで十分などと考えていませんか?
人は一人で出来ることなんて限られている。しかもあなたの命は一人のものではないでしょう!?
それを自覚しているのですか?それすら認識していないと言うのならあなたは上に立つ立場ではない!」
興奮のあまり息が切れた。目にギュッと力を入れて睨みつける。
ただのお気楽な後継者だと思っていた。
でも気楽そうに見えても自分の責任を自覚し行動に移していた所は認めていたし尊敬もしていたのだ。
それなのに……!!これでは何もわからないただの大馬鹿ものでしかない。
いくら護衛する立場でもそんな人を守ることなどしたくないし、嫌悪の感情が生まれたとしても責められるべきものでもない。
たとえ王族と言えど関係ない。罪は罪であるべきだ。
「レイアは俺をちゃんと見てくれるんだな」
強く責めたからにはそれ相応のことが返ってくるだろうと身構えていたレイアの思考を遮ったのは全然見当違いの言葉だった。
「何を……」
いったい彼は何を言い出すのだろう?
私は普通なら罰せられて当然のことを言ったというのに!
それなのに何故そんな平気な顔で微笑んでいるの?!
「俺を上の立場に在る者としてみている。
それはわかっていたけれど、それは単にこの国の後継者としてじゃない、
俺を一人の人間として見ていてくれたんだな」
「当たり前でしょう!」
王国後継者の前に彼も軍人だ。我が隊の上に立つ者としての責任と義務があるのだ。
その立場を裏切る行為をすることなんて。
「当たり前じゃなかった」
悲しそうな悔しそうな声。
激高のあまりはっきりと見えていなかった表情をレイアは改めて見直した。
その表情はその声と同じように悲しげに歪められていた。
「カーク様」
「レイア、勝手な行動を取ったことは反省している。
だが俺も限界だった。追い詰められてどうかなりそうだったんだ」
王族として、そして国を継ぐ後継者としての重圧は私達が想像する以上にそれは大きなものだろう。
こちらが勝手に理想を押し付けて思うような姿をしていなければ幻滅したり詰ったりされる。
それはあまりにも重過ぎてたまにはこんなこともせずにはいられないのかもしれない。
だがだからと言って一人勝手にすることは危険すぎる。
「カーク様、今後したいことがあったり苦しいことがあったりしたら言ってください。
私からも隊長には言っておきます。私達護衛隊の出来る限りあなたの望みを適えられるようにしましょう」
「レイア」
全てを適えることは到底無理だ。いくらこの国が平和とはいえ、危険がない訳ではない。
それでも自分達護衛をする者が出来る範囲であれば、カークの気持ちを少しでもわかっていれば今よりも少しは
融通を利かせることができるだろう。カークの気持ちが楽になるようであれば、今までのように自分達を撒いてでも
思うようにすることはなくなるに違いない。
そう思いカークを見るとそこには満面の笑顔があった。
「レイア、ありがとう」
心の伴った笑顔に思わずレイアは顔を背けた。何故か心臓の片隅が痛いような気がする。
「今までのような勝手はできませんからね」
「厳しいな」
強気で言った言葉にカークの苦笑が聞こえゆっくりと顔を元へと戻す。
先程まで感じていたものは消え去り、カークへの苦手意識もほんの少し軽くなっていた。
そんなカークを見てガウル隊長の言っていた意味がわかったような気がした。
「カーク様の笑顔は心を溶かしてくれるぞ」
遠すぎる存在から一人一人としてほんの少し近づいた。
この時がお互いに相手を特別な意味で意識し始めた最初の時かもしれない。
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