招かれざれしもの
2
狂ってしまった歯車を再び元に戻すことはできるのだろうか。正しく、元通りに。
掛け違えのないように動かすことはそれがものであればそれも可能だったかもしれない。
だが、それが意志を持つものだったら命を抱くものであったのなら、どうなのだろうか。
運命という名の大層なものを何事もなかったように戻すことはできるのだろうか。
イライラとする心をいつまでも持ち続けることなく。
こう思った時点で既に自分の全てが運命という流れの中に組み込まれてしまっているのかもしれないが
足掻いて見せるのも許されないなんて言わせない。
このまま流されるだけ流されて行くなんて絶対に許せるものか。
*
ザザッ
「フゥッ」
ラヴィンは覆いかぶさるように自分の行く手を阻む木の枝を手で払いのけ
立ち止まると葉と葉のすき間にある空間から空を見上げた。
ちょうど頭上に位置する太陽の光がまぶしい。
朝から休まずに歩いてきたせいでほんの少し足にしびれを感じる。
だが、今はそれを押してでも先に進まなければならなかった。
「早く進まなくちゃ」
今のところ何事も起きていない。
どうにか気付かれずに済んだはずだけど何せ相手が相手だ。
誤魔化しの手筈は整えてきたがいつまでも騙されているとは限らない。
進めるうちに進んで早いところ目的地に行かないと取り返しのつかないことになるだろう。
何せ相手は手段を選ばない。
いじめられていたぶられて……考えたくない。
「さあっ、休憩終わり!
さてサクサク進みましょ」
今までのことを断ち切るようにブンブンと頭を振って視線を目の前に移した
ラヴィンの視界を遮るように突然大きな影が割って入ってきた。
「わっ」
ふら付いた足を支えきれずラヴィンはドサッと思いきり尻餅を付く。
「いった〜何よもうっ」
「どこへお出かけかな」
地を這うようなおどろおどろした声にラヴィンの背中がギクッと震える。
見たくない、見たくないけど……
上げたくない顔をゆっくりと上げた先には道を急いでいた元凶、
怒りの混じった笑顔を浮かべたサウスの姿がそこにあったのだった。
*
「そんなに急いでどこに行くつもりだ」
浮かべた笑顔と同じくらい怒りの混じった、それでいながら静かなサウスの声に
ラヴィンは落ち着きのない心臓を押さえるよう、慌てて再び俯いた。
ここで相手のペースにはまる訳にはいかない。
なんとかして誤魔化さなくてはこれからの自分の生活も元の木阿弥と化してしまう。
口を開いたら余分なことまで言ってしまいそうで、ラヴィンは開きかけた口をギュッと閉じ、
俯いた顔を上げると黙ってサウスを睨みつけた。
「随分いい表情だな。俺の質問に答えられないのか。
まあおまえの考えそうなことは想像できるが」
「……何が?」
「この方向、そしておまえの急いでいる様子。
大方あの洞窟に向かっているのだろう?無駄だと言うのに」
「無駄かどうかわからないじゃないっ」
「やはりそうか」
しまった!
自分の気の短さを悔いてももう遅い。
今の言葉でサウスは確信してしまっただろう。
だから口を開らかないようにしようと思ったのに。私の馬鹿っ!
「ここ最近おまえが余りにも静かだったから注意をしていた。
おまえの行動など手に取るようにわかる。おまえとの関係を断ち切ることなどできはしない」
「そんなっ、そんなこと絶対にっ」
「ないと思うか?」
この余裕はなんだろう。
まさか、本当に何の解決策もなくこのまま一生?
だめよ、だめっ。
これも相手の手の内なんだから、絶対なんてあるはずないっ。
「そう睨むな」
「……!」
余裕の表情の中でほんの少し浮かべた苦笑い。
サウスがサウス以外のものとなってから浮かべた初めての心の表情。
幼馴染としての表情が垣間見えたようなそんな気がした。
「おまえの考えていることはあながち間違っていない。
俺をこの身体から追い出す術は全て消え去ったわけではない」
「やっぱりっ」
「だが全てがうまく行くわけでもない。
万が一その方法を見つけたとしてもその方法を実施するには身体の宿主の了承がいるからだ」
「宿主の了承?」
「ああ。宿主の、サウスのな」
どう思う?
そう言ってニヤリと笑う男。
もし目の前の存在を怒りで消してしまうことができるのなら
今の私はきっと塵一つ残すことなく消し去ってしまうだろう。
だが現実にはそんなことはできはしない。
身体から力が抜けるのと同時に希望のかけらが一つずつ手の間からすり抜けていくような気がする。
ああ。気がするだけでなくきっとそうなのだろう。
だって幼馴染のあいつは腹が煮えくり返るほどお人よしで馬鹿なんだからっ!!
「いいかげん諦めたらどうだ」
「諦めない。絶対に諦めないから!」
いくら長い時間がたとうとも諦めたりしない。
諦めたら全てがそこで終ってしまうのだから諦めてなるものか。
それに時間が過ぎればまた別の解決策も見つかるかもしれない。
こんな時ほど自分の心の強さに自分なりにも感謝する。
サウス。あんたにはないものを私は持っている。
それを持っている限り絶対なんてありはしない。
そのことにあんたが気付かないから私の勝機はまだなくなっていない。
最後に微笑むのは私よ。
その時に浮かんだラヴィンの笑顔。それは今までに無いほどの柔らかい微笑みだった。
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