光星 



吐き出した息が微かに色を変える。冷えると感じていた空気はほんの少し季節を先へと進んだようだ。
空から静かに白く輝くものが降ってくるのもまもなくだろう。皆は気持ちが塞いでくると言うが、レイアにとってこの時期を過ごすことは
苦痛ではない。確かに日常的にやることは増えるし大変だと思う時もあるがそれよりも自然そのものを感じることができることの方が
好きだった。

「久しぶりだな」

王子付きの護衛官であっても護衛の仕事だけでは済まされない。部下への指導、訓練はもちろん、他にもやらなくてはならない仕事は
いくらでもある。比重は護衛が大きいが、副隊長の立場もあり様々なことへと駆り出された。今夜は免除されていたはずの夜の見回りに
急遽入ることになったが、さすがに休みがなかなか取れないことを配慮してか、ごく狭い範囲ですんでいた。

「もうすぐ交代か」

どうやら何事もなく終われそうだ。見回りに手を抜くつもりはないが明日の勤務に影響がでることだけはあってはならない。
早く次の者と交代をして体を休めようと足を進めかけたレイアの耳に微かな音が響いた。

「誰だっ!」

剣に手をかけると素早く右方へと目を走らせる。風に葉を揺らす木の幹から一つの影が進み出た。

「……カーク様!」

ほのかに照らす月の光は夜着ではなく執務室を退室した時の服装を映し出している。と言うことは今まで書類を片付けていたのだろう。
まだ今日を超えていない時間とはいえ、すでに夜も深い。毎日遅くまで執務をしている体には少しでも休息が必要なのにと思うと怒りにも
似た感情がレイアを一瞬にして支配した。

「何故、こんな所にいるんです?!しかも、剣も持たずに。何かあったらどうするんですか!」

「城内だし警備の者もいる。それに剣がなくとも自分の身は守れるから大丈夫だ。少し外を歩きたくなって」

「外に出る時は剣はいつもお持ちくださいと言ったでしょう!それに伴の者もつけずに一人で出歩くなんて、ご自分の立場をご自覚下さい!」

すぐ戻るからと付いてくると言った者を強引に断ったのだろう。相手の負担を思いやってのこともあるだろうがあまりにも自分の身を軽率に扱いすぎだ。
わずかな時間でも危険は伴う。人を労わるのならまずは自分を労わることを、守ることを考えて欲しい。あまりにもこの人は優しすぎる。

「……すまない」

「私も言いすぎました。申し訳ありません」

昼間は余分に取れる時間などない。眠る前にならと思ったのだろう。それだけ疲れているのだ。それなのに己の感情に引きずられて責めてしまった。
それにいくら断られようと傍にあるべきなのだ。本来なら警備に問題があることを指摘されても良いはずなのに。

「レイアの言うことは正当なことだ。これからは気をつける」

「カーク様……」

きっぱりと自分の非を認め、レイアを気遣うカークに心が締め付けられる。自分の感情を押し付けたうえ、出してしまった言葉を取り消すことはできない。
己がした事実に項垂れてしまう。

「見たかったんだ、ほら」

何事もなかったかのようなカークの静かな声が気詰まった空間を解していく。
カークの視線と同じように合わせるとそこにはたくさんの星が輝いていた。

「疲れると自然に身体を預けたくなる。こんな光輝く星がある時は特に。昼とは違った静寂を感じたくなるんだ」

本当は一人きりになって休みたい時もあるだろう。だが、立場上それは許されることではない。
それでも穏やかな時間を少しでも過ごすことができるよう、自分が役に立ちたいと願わずにはいられない。

「これからは私に声をおかけ下さい。お一人になることはできませんができるだけお邪魔にならないように致します」

「レイアに迷惑をかけてしまうが、付き合ってくれるのなら……俺は一緒に見たい。レイアと輝く星空を」

戻ってきた視線にまっすぐ捕らえられ、まるで導かれるようにゆっくりと頷く。

そのままどこまでも透き通る夜空に浮かぶ星たちが二人を見守るようにより一層瞬いていた。



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