言葉よりも雄弁な
笑顔は私の力の源。私自身も嬉しくなるしもっと頑張ろうって気持ちになる。
だけどふとした折に心の奥底に不安な気持ちが沸いてくる。その笑顔は本当に私自身に向けられたものなのかって。
*
「こんな所かしら」
お茶の支度をしながらミルフィーンは辺りを見渡した。テーブルの上には花が飾られ好きな菓子が取れるよう皿がセットされており、
お湯もすぐお茶が入れれるよう保温され、あとは菓子の焼きあがりを待つだけだ。
「まだ少し時間がある」
小さく呟き椅子の一つを引くと投げ出すように腰を下ろす。いつもならマリオンに給仕をするまで座ることなどしないが今日は何だか
体が酷く疲れていた。
「心は正直って言うか嘘をつけないわね」
体と心は一つに繋がっている。いくら気にしない振りをしていてもこうして体に不調を訴えてきたのがその証拠だ。
いつまでもそんなことではいけないとわかっているのにどうしても弱い自分を捨てることができない。
「少し休んだらちゃんと戻るから」
だからお願い、再び瞼を開けたらいつもの私に戻るから……
誰もいないのにいい訳をするように口に乗せる。柔らかい日差しに誘われるようにミルフィーンは眠りへと落ちて行った。
*
「王子達と懇意にされているからって特別待遇もいいとこよね」
「たまたま母親が王子達のお世話をしていただけってだけじゃない。運がよかっただけなのにどうして」
「少しは身を引くだとか考えないのかしら」
幾度となく繰り返された言葉。正面から言われることはなかったがそれだからこそより追い詰めるように迫りくる。
自分でも思っていたことを言われる方が辛い。何も気にしていないように感じないようにしていることが傷つかないなんてことはない。
心が凍りつく程囚われてしまうことから脱することができないのにこのままうまく微笑むことなんてできるのだろうか。
「ミルフィーン」
沈みゆくミルフィーンをまるで一筋の光が射すように温かくて明るい声が引き上げる。声だけじゃない。包み込むように守って
くれるように全身に温もりを感じる。いつも気が付くと傍にあるその存在に安心し身を委ねた時にはミルフィーンを苦しめていた声は
遠くへと消え去っていた。
*
鳥の声が聞こえる。ゆっくりと瞳を開けると真っ白なテーブルクロスが眩しい位に目に入ってきた。
「ん……」
思ったより深く眠りこんでしまったようだ。光の位置から時間はあまりたっていないようだが意識が完全になくなってしまう程
眠ることはあまりない。それ程心に引っかかっていたのだと顔を上げ思わず苦笑を浮かべた時、部屋に通ずる扉が大きな音を
たてて開いた。
「ランドルフ!?」
「ミルフィーン、よかった」
いつの間に奥の部屋にいたのだろう。ランドルフの片手には先程用意しておいたお湯の入った容器が持たれている。
ミルフィーンは勢いよく立ち上がると慌ててランドルフに容器をテーブルの上に置くように言った。
「いつからいたの!?」
「そんなに前からじゃないよ。マリオンの所に行ったらもう少しでお茶の時間だって言うから一緒に混ぜてもらおうと思ってきたんだ」
「混ぜてって、仕事は?」
仕事を終えるには中途半端な時間だ。いくら仕事を進めていてもこんなに早く終わるはずはない。カーク程ではないにしろ、王子たるランドルフの
仕事量少なくはなかった。
「ちょうど区切りが付いたから心配ないよ。それよりも……ミルフィーン、大丈夫か?」
少し躊躇った後に続けられた言葉に心が動揺しほんの少し肩が揺れたが、何事もないようにミルフィーンは小さく笑みを浮かべた。
「何が?」
茶葉の器を取る手はスムーズだが拒絶するように顔を上げない姿は何かあったと言っているのと同じだった。
「ミルフィーン」
明るく呼ばれる声に思わず振り向くとランドルフがきれいに並べた焼き菓子を一つ取りミルフィーンに見せつけるようにそのまま頬張った。
「ランドルフ!」
「おいしいよ」
笑顔で言うランドルフは全く悪びれる様子もなく、それどころか次を食べようとまた皿に手を伸ばしていた。
「まだマリオンも来ていないしお茶の用意ができていないのに食べるなんて!それにおいしいって……いつもと変わらないわ」
「ミルフィーンの作るお菓子はおいしいからね」
「私じゃなくても味は一緒よ!」
変わらない表情に無性に苛立ちを感じ強めに言い放った言葉にランドルフの手が止まる。
食べられるから笑顔になるんだろう。それは自分に対してじゃないないのだと暗い気持ちが心を重くする。
だが、きつく言ったことなど気にすることなく、ランドルフは笑みを崩さないまま静かに言った。
「味ももちろんおいしいけれどミルフィーンが作ってくれたからだ。俺達に食べて欲しいって心がこもっていて他の誰かと一緒だなんてはずはない」
どうしてそんなに簡単に言えるんだろう。
何も求めていなかったはずなのに欲していた言葉をこんな時に言ってくれるランドルフに素直に嬉しいと言えるはずもない。
口から出たのは消え入りそうな小さな声の憎まれ口とも取れかねないものだった。
「……だからって食べていいなんて言っていないから」
お茶もいれていないし、マリオンも来ていない。立って食べることはマナー違反だし。
素直になれなくて理由をつけて言葉を出す。
それなのにそんな気持ちをわかっているようにランドルフの手が先を促すようにそっと押しだすのだ。
言葉のない行為が雄弁にランドルフの心を語ってくれる。
「本当肝心な所で何も言わないなんて……卑怯よ」
ランドルフに聞こえないように呟く言葉とは裏腹にミルフィーンの顔からは強張りが溶け、いつの間にか曇りのない笑みが浮かんでいた。
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