幸運の定義



とてつもない幸運の中にいることを私はわかっていなかった。親が城に勤めているため自然と同じように城で働けることを当然とは
思っていてもそれがどれだけ大変な事かを何も理解していなかったのだ。城下に住む人々が直接城の中に入るには理由がなければ
立ち入ることができない。街から城を眺めるだけで人生を終える人がほとんどだろう。それなのに何もせずとも城の中にいることができる。
努力して城に入る権利をもらった人にとっては納得がいかないことだらけに違いない。
だから私が周りから妬みを受けたとしてもそれは致し方ないことだった。

「ミルフィーン」

マリオンからの頼まれごともすみ一人庭のベンチにぼんやり座っていたミルフィーンは己を呼ぶ声にはっと意識を取り戻した。
いくら慣れた場所とはいえこんな時間にいるはずもない人の声だったため慌てて立ち上がる。
捜し求めた視線の先の顔は優しく微笑んでいた。

「……カーク様」

いつもならこの時間は執務室にこもりたくさんの仕事をこなしているはずだ。しかも城内とはいえ護衛が付かずに移動するなどあり得ない。
レイアが護衛についている場合が多いが都合が悪い時は変わりのものが付くことになっているはずなのに何故一人でこんな場所にいるのだろう。

「ミルフィーンを見かけたから息抜きを一緒にさせてもらおうと思って」

迷惑だったかなと言うカークにミルフィーンはいいえと慌てて首を振った。仕事をきちんとこなすカークが息抜きなら相当根をつめていたに違いない。
カークが座れるようにと場所を移動するとお礼を言いながら隣に腰を下ろした。
ベンチの上に両手を置き空を見上げる様子は気持ち良さそうで先程まで気分の晴れなかったミルフィーンの心をゆったりとさせてくれる。
周りの景色を楽しむ余裕もなかったのにいつの間にか同じように気持ち良い空気を思いっきり吸い込んでいた。

「最近何かあった?」

自然と掛けられた言葉は穏やかで優しい。誰にも告げる予定のなかった気持ちが誘われるように口から零れ落ちる。

「私って恵まれていますよね」

「……どうしてそう思う?」

「自分の力じゃなく何一つ苦労なく今の私があるなんて。そんな幸運なかなかあるものじゃありません」

誰もが掴めるものじゃないとてつもなく恵まれた人生。それを私は当然のように受け入れるだけでいた。
当り前でいた当り前じゃない日常に気が付かずにいたのだ。それを周りから言われて初めて気が付くなんて自分の任された仕事の関係からしても
何をしているのかと言われても反論の余地もない。抑えきれない自己嫌悪が沸いてきて俯いた私を優しい感触が包み込む。

「自分じゃどうしようもできないことだってあると思わないか」

「自分では、ですか?」

「自分として起つことができる前にその道にいたら避けることはできない」

「でもそれこそが恵まれているんじゃ……」

「本当にそう?」

カークはミルフィーンの肩から頭に手を移動させると気分を解すかのように軽く叩いた。

「自分でこうしたいって思う前にそこにいればそのことに対して何の疑問も持たなくなることもあるんじゃないか?
 年を経たことでいろいろと情報も入るし考えたり気持ちも変化してきたりするだろう。俺もミルフィーンも最初に役目的なものがあるし
 それは避けきれないものだった。でも今は違う。多少は周りからの影響があったとしても自分で選ぶことができて最後は自らの意志で
 決めることができる。それは恵まれているとかいないとかとは関係ない」

「そう、かもしれませんね」

恵まれていると思っていたことが人によってはそうじゃないと感じることもあるかもしれない。私にしても恵まれていると思うと同時にとてつもなく
重い役目を背負っていると思う。だけどそれ以上に遣り甲斐があって楽しい仕事だ。辛いことや嫌なこともあるけれどでも私がいることで
好きな人達を支えることができるからどんなことがあっても辞めようとは思わなかった。

「ありがとうございました。やっぱりカーク様は私の欲しい言葉をくれますね」

生まれた時からこの国を治めるという大きな荷を背負っているのにその道を受け入れ前へと進んでいる。私以上にたくさんの壁に
ぶち当たっているだろうにその瞳は曇る事を知らない。すべて分かっているように微笑むカークは幼い頃から傍で見てくれていた時と
変わらなかった。

「欲目だよ」

大切な指針をくれるカークは私にとってこれからも頼りになる大好きな兄のような存在であり続けるだろう。

ふとランドルフの少し怒ったような顔が浮かんできたのを頭の片隅に追いやりながらミルフィーンも満面の笑みを浮かべた。



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